黒塗りの扉 Vol.6

「2人きりでお会いしたい」。男からの意味深な誘いに、疑惑を抱えながらも揺れ動く女心

東京のアッパー層を知り尽くし、その秘密を握る男がいる。

その男とは…大企業の重役でも、財界の重鎮でもなく、彼らの一番近くにいる『お抱え運転手』である。

もしもその運転手が…雇い主とその家族の運命を動かし、人生を狂わせるために近づいているのだとしたら?

これは、上流階級の光と闇を知り尽くし支配する、得体の知れない運転手の物語。

ようこそ…黒塗りの扉の、その奥の…闇の世界へ。

これまでのあらすじ


自らの手腕で成り上がった男・環利一(たまき・としかず)。利一は、新たに雇った運転手・鈴木明(すずき・あきら)の身辺調査を始め、その結果を別荘で彼に突きつける。しかし逆に利一の方が、だれも知らないはずの秘密を鈴木に握られていたのだった…。


利一はレコードでもかけようかと思っていたが、やめることにした。

正確に言うと、これからのシチュエーションにふさわしい曲が思い浮かばなかったのだ。

―こんなことは初めてだな。

それほど余裕をなくしているのだと自分でも驚くが、それが表情や行動に出ないようにしなければと、利一は自分に言い聞かせた。

音楽をかけることはあきらめ、レコードプレーヤーの前からリビングのテーブルの方へ戻る。

テーブルの上には綺麗に切り揃えられたチーズが、チーズボードの上に並べられている。その傍に立った鈴木明が、ワインを開け始めていた。

ソムリエナイフを使い、器用にコルクを引き抜いていく鈴木の所作を見ていると、今回の調査結果の信憑性が高まる。

『運転手になったのは7年前。その前はサービスマンとしていくつかの高級ホテルを渡り歩いている。どのホテルでもグレードの高いゲストのみにつく“バトラー”として多くの顧客に指名される存在だった。

ある時、その中の1人に引き抜かれる形で専属運転手になった』

利一が受け取った鈴木明についての調査報告書には、何の抑揚もない文章で、まるで歴史の年表かのようにそう書かれていた。

ホテルにはバトラーサービスがある。バトラーの日本語訳は、執事。つまり主人に仕える執事のように「お客様専属」の客室係が存在する。

バトラーという仕事は多岐に渡り、車を呼んだり、荷物を運ぶなどのホテルマンらしい手伝いから、一緒に買い物に行ったり、スポーツの相手をしたりと、ホテルの外に出る事柄まで様々である。

基本的に『客に頼まれたことならなんでも』というのが彼らの役割だが、一般的には、スイートなどの限られた客にのみ提供されるサービス。

バトラーサービスは一般的に、エグゼクティブフロアやスイートなど、グレードが高い客室のゲストにのみ提供される。

鈴木明が高級ホテルのサービスマンだったという情報には、説得力がある気がした。優秀なホテルマンは客の2手も3手も先を読み、客が望むサービスを提供していくものだからだ。

そんなことを考えながら、利一がダイニングテーブルの椅子に座った瞬間、目の前にワイングラスが置かれ、白ワインがほんの少しだけ注がれた。

「テイスティング、なさいますか?」

レストランでもないのに、まさにホテルのサービスマンのように、鈴木はそう言って微笑んだ。

利一の脳内を覗いていたかのようなタイミングの良すぎるその言葉と動作には、気味の悪さを超えて笑い出しそうになる。だが、それを堪えて利一は軽く頷いた。

しかし。

グラスを口元に運びながら、鈴木が選んだボトルのラベルを見たとき、堪えていた笑いが声になってしまった。......

黒扉

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