あなたが港区界隈に住んでいるならば、きっと目にしたことがあるだろう。
透き通るような肌、絶妙にまとめられた巻き髪。エレガントな紺ワンピースに、華奢なハイヒール。
そんな装いの女たちが、まるで聖母のように微笑んで、幼稚園児の手を引く姿を。
これは特権階級が集う秘められた世界、「港区私立名門幼稚園」を舞台にした、女たちの闘いの物語である。
菱木悠理は、呆然と立ちすくんだ。
目の前のメルセデスから、白い手袋をした運転手に促され、親子が降りてくる。
その後ろには、母親が運転するさまざまな高級車が行儀よく並び、順に子どもを降ろしていた。
その光景は、昨日の入園式で嫌というほど目にしていたので、もう驚きはしない。それより悠理に衝撃を与えたのは、入園式でもなんでもない今日の、母親たちの装いだ。
―どこをどう見ても、子どもを幼稚園に送る格好じゃないよね…。
悠理が1枚たりとも持っていない濃紺のコンサバワンピースを、全員が当然のように着用している。
外資系化粧品メーカーで働く悠理のクローゼットに並ぶのは、MAX MARAのスーツやバーニーズ・ニューヨークのアイテムばかり。これらのワードローブは、まったくの戦力外だった。
「理子…今日ってさ、ママ、送り迎え以外に幼稚園にご用事…あったっけ?」
思わず年少になったばかりの娘、理子の手をツンツンと引っ張る。
「わかんない。それよりママ、あのひと、テレビでみたことあるよ」
理子の視線をたどると、美人女優の藍沢美紀が娘の手を引いている。広報を担当する悠理が、自社CMの撮影に立ち会ったとき、起用されていたのが彼女だった。しびれるような美貌は紺ワンピでも健在だ。
そして横を見ると、SPに囲まれて親子が車から降りてくる。思わず、あ、と声がでた。
ゆくゆくは総理と噂される"政界のプリンス"が、娘2人の手を引いて、上品な妻を引き連れながら目の前を横切っていった。
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