2018.09.14
想定外妊娠 Vol.2外銀のトレーダーとして活躍していたショーンは、私なんかよりもずっと時間の無い男だった。
連絡も途絶えがちで、急なドタキャンも数えればキリがない。久しぶりに会えたと思っても、彼は手元の携帯を手放さず、株価の変動に次の行動は左右されていた。
はじめはそれでよかったのだ。
だけど、ウェイターの同情に満ちた目線に耐えながらレストランで彼を待ちつづけたり、ひとりぼっちでバーカウンターに置き去りにされる虚しさに押しつぶされたりしていくうちに、少しずつ不満が募っていった。
互いに束縛し合わない、自由な恋愛の美しさをあれほど語っていたはずなのに、私は次第に不安になっていく。
そんなことを繰り返しているうちに3年も経ってしまった。
そして、その日はやってきた。
ザ・リッツ・カールトン・東京の『アジュール フォーティーファイブ』に、ショーンは約束の時間になっても現れなかったのだ。
やっと電話がきたのは、待ち合わせから1時間も過ぎた頃。
「悪かった、本当に。NY市場がー。」
「ねえ、…誕生日よ、今日。」
それなのに、テーブルの向こうには誰も座っていない。私はスマホに向かって、低い声を絞り出す。
普段忙しくてなかなか会えない彼が、「千華の誕生日は絶対に都合をつけるから、最高の一日にしよう」と言ってくれたのが嬉しくて、私はこの日を楽しみにしていた。
このために仕事だって、うんざりするほど溜まった業務を気合で片付けたのだ。
だけどもう、いつ現れるかわからない男を毎回待ち続ける体力なんか、この体のどこにも残っていない。
「これじゃあ私、ただの”都合のいいオンナ”よ。」
ショーンの返事を聞くよりも先に「さようなら」と、言って電話を切った。
目の前にきちんと並ぶ2人分のカトラリーだけが、忌々しいほどの輝きを放っていた。
こうして私たちの関係は、あっけなく終わりを迎えたのだった。
◆
「それ、本当なの…?しかも誕生日、って…。」
舞子に尋ねられて、私は黙って頷いた。
3年も続けた”自由な恋人同士”という間柄は、結果として誕生日すら祝ってもらえない関係になっていたのだ。
「でも千華、誕生日の2週間くらい前に、シアトルまで会いに行ってたよね?」
「わざわざ、ね。ショーンの出張に合わせて週末に行ったわ。私は仕事があったから先に帰国したけど。」
観光もせず、一日中ホテルのベッドで過ごす甘ったるい時間。そうしているとやっぱり幸せで、日本で彼に対して感じていた寂しさや不満も緩和される気がした。
「たぶん、その時に妊娠したんだと思う…。帰国する時、誕生日は日本で祝おうって…約束したのに。」
舞子の同情に満ちた眼差しが、私を余計惨めにさせる。
だから、別れた日のことなんて言いたくなかった。
「そっか、わかった。ねえ千華、どちらにしろ早く病院は行かないとだめよ。」
舞子はそう言って、彼女が通っているという産婦人科のURLを送ってくれた。
「ここ、女医さんだし、私もたまに行ってるの。会社からも少し離れてるから。」
「舞子、どこか悪いの?それとも、まさか2人め?」
「…違う違う、定期検診。健康診断で引っかかったから。」
舞子は慌てたように笑って、話題を変える。
「ねえ、ショーンの”不妊”ってもしかして、”精子欠乏症”かな?もしそうなら、妊娠の可能性は無くもないものね…。」
私は黙って頷き、ため息をつく。
精子欠乏症で妊娠しない可能性もゼロじゃないし、結局、男性主体の避妊で妊娠しない可能性だってゼロではないのだ。
そして、舞子の紹介してくれた産婦人科に予約を入れた。
「ありがとう、舞子。家のこと大丈夫?」
「いいよ、親友だもの。今日は夫がお迎えの日だから、もともと残業するつもりだったし。」
その時はまだ、なぜ舞子がこの産婦人科に通っているか、そしてどうして彼女の口から“精子欠乏症”という単語がさらりと出てきたのか、少しも考えつかなかった。
この記事で紹介したお店
アジュール フォーティファイブ/ザ・リッツ・カールトン東京
7週では下腹部へのエコーではないし、検診中に医者の横顔は見れないよ。
デリケートな題材だから妊娠経験ある人が良かったなぁ。
今は自分を世界で一番必要としてくれる愛しい息子に出会えて幸せです。
色んなチョイスがありますが、私は仕事だけの人生で終わらなくて本当によかったと思ってます。
千華、頑張って産もう〜!子供は授かりものだと^ ^
お友達は不妊治療し...続きを見るてたのかな。
今は既婚で妊娠希望ですが、もし独身だったらエコー見ても産もうと思えるか…子どもが生まれたときからシングルマザーというのは…いじめられたりしないかと思うと怖いです。
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