2018.09.07
想定外妊娠 Vol.1私の彼氏は、アメリカ人の父と日本人の母を持つ、ショーンというバツイチの男だった。彼の離婚は、ショーン自身の男性不妊が原因だったと聞いている。
そんな彼とはお互いに、結婚というものに深く突っ込むこともなくゆるく過ぎる日々を過ごしていたし、それで十分だった。
私がそれを望めば、きっとガラス細工を床に叩きつけるように、粉々に砕け散ってしまうような関係だ。
とにかく、私はそれで十分幸せに生きている。だから「結婚」も「妊娠」も、ほんの少しだって望んではいない。
ひとしきり喋り終えたところで、やっとドリンクをオーダーした。
「私は泡を。千華はどうする?決めた?」
「…誘っておいてごめん。なんか、体調悪くて、ガス入りのお水にするわね。」
思えばこの日から体の具合はおかしかったのだ。華奢な指でグラスを持ち上げる舞子を眺めながら、こみ上げる胃のむかつきに、思わず左手で口元を抑えた。
「千華が体調崩すなんて、本当にめずらしいわね。いつも鉄人みたいなのに。」
「そうね、明日は雪が降るかも。」
私達は笑いながら冗談を言って、食事をした。
けれど、最後までアルコールに手を出すことが出来なかったあの夜。
雪が降るどころか、まさか妊娠していたなんて。ほんの少しだって考えつかなかった。
そんな出来事を振り返りながら、ぼんやりとまどろみの中にいるとインターフォンが鳴った。きっと舞子が来たのだ。
重たい体を引きずってモニターを覗くと、舞子のゆるくまとめた髪が揺れている。
モニター越しにその姿をぼおっと眺めていると、驚くことに涙が溢れてきた。頰を手のひらで拭い、返事の代わりに嗚咽を漏らしながら解錠した。
「千華、メイク落ちてるわよ!」
玄関を開けて入ってくるなり、舞子はコンビニのビニール袋を差し出した。中にはゼリーやヨーグルトなんかがぎっしりと詰まっている。
それから「うんうん、わかるよ。それ、ホルモンだからね。」なんて言いながら私の背中を軽く叩き、私が泣き止むまで背中を擦り続けてくれた。
◆
「本当に陽性が出たのね?」
舞子は時々こうやって、鋭い目線と物言いで相手をひるませるようなところがある。
仕事の時ならば遠慮なく言い返せるのだけれど、今日ばかりはその大きな瞳がまるで手榴弾か何か、狂気じみたものに感じてしまう。
「ねえ、ショーンって不妊なんじゃなかったの?それで前の奥さんと別れたんだよね?」
「そう、なんだけど。」
彼と付き合い始めの頃、"タイミング次第では自然妊娠もありうる"という記事を目にした記憶がある。ネットで調べた小手先の情報だったけれど、用心して私自身も避妊には気をつけていたはずだったのに…。
「私は医者じゃないから何も断言できないけど、でも父親はショーンで間違いない?」
「うん、それは間違いない。彼しか、いないよ。」
もしもこの陽性反応が正しいのなら、父親はショーンだ。
呼吸が落ち着かない私の背中をさすり、舞子が優しく声を掛ける。
「ねえ、大丈夫だから。とにかくショーンに連絡を…。」
「待って!」
その瞬間、体がカッと熱くなり思わず大きな声が出た。
舞子の驚いた顔に、私は一つの真実を告げなくてはならないことを悟る。
この日の夜のことは、一生忘れないと思う。こんなに混乱したことは、人生で他にない。
「あの日、広告賞のお祝いをしたあと、すぐの事で。落ち着いてから言おうって、思ってて。」
私の声はかすれ、どんどん小さくなっていく。そして喉から絞り出すみたいに、やっと思いで言葉を吐き出した。
「ショーンとは、もう、とっくに別れてるの。一ヶ月前よ。」
▶Next:9月14日 金曜更新予定
初めての産婦人科検診、そして思いがけないトラブルに翻弄される千華。そして別れたはずの男とは?
頼むから、要らない子供産んで、人生で何か気に入らないことが起きる度に「この子のせいで」って言うのはやめてよ。
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