「次の会議までに今日皆から出た新アプリのアイデアと、それぞれベンチマークになる既存アプリの情報を、誰かまとめておいてくれる?」
「あ、私やります!」
ミーティングの最後、チームリーダーの問いかけに千秋が率先して手を挙げた。花純が口を開くより、0.1秒早かった。
「ほんと?青井さん。ありがとう、助かるなぁ」
「異動したばかりで、こんなことしかお役に立てないので。他にも何かあったら何でも言ってくださいね♡」
リーダーも他のメンバーも、皆が千秋の積極的な姿勢と気持ちの良い態度に目尻を下げる。
実際、千秋は若くて美人なだけでなく、頭もいいし努力家でもある。
何でも、会社と同じく渋谷にキャンパスをもつ有名私大を首席で卒業したという噂。
何を頼んでも的確に、手早く処理するので、異動してまだ間もないながらすでにメンバーからの信頼も獲得しているのだった。
私の居場所が、奪われていく
千秋が異動してきて3ヶ月が経とうという頃。
ついに、花純が直感的に感じた焦燥を象徴するような出来事が起きた。
いつもの定例会議で、リーダーから、社内の様々な部署を横断して挑む新プロジェクトの発表があった。
何でも某大手保険会社とともに、AI機能なども搭載したヘルスケアアプリを開発するのだという。作られるコンテンツには、ユーザー層に合わせ若手イケメンタレントを多数起用する予定があるらしい。
華やかで、やりがいのある仕事。話を聞いているだけでワクワクするような案件だった。
通常の流れなら、女性陣では最年長の花純に声がかかるはず。
しかしこの時名前が呼ばれたのは、花純ではなかった。
「今回、うちのチームからは青井さんをプロジェクトメンバーに推薦しようと思う」
−え?千秋が…?
リーダーの言葉に、花純は戸惑いを隠せない。
思わず抗議の目を向けると、それに気づいたリーダーは静かに頷きながらこう続けるのだった。
「青井さんはやる気もあるし、仕事の進め方を見ていても任せて問題ないと判断した。責任ある仕事だけど、そのぶん良い経験になるに違いない。
古市さん、先輩としてぜひサポートしてあげて」
素直に「はい」と口にはしたものの、花純の胸はもやもやとした思いが充満していた。
このままでは、突如現れた、美しく、賢く、そして若くて愛嬌のある後輩に、これまで花純が築き上げてきたポジションを根こそぎ持って行かれてしまうのではないか。…女としても、仕事の場においても。
ぼんやりと沈む視界の隅に、チームメンバーから「頑張れよ!」などと口々に励まされ、まるで花が咲いたかのように華やかな笑顔を浮かべる千秋が見えた。
…本当は、後輩に嫉妬なんてしたくない。
しかしどうしても湧き上がる黒い感情を、花純はコントロールできなかった。