32歳。
それは、多くの女性が人生の岐路に経つ年齢である。
大人の女性として完璧に振舞えるほどではなく、かと言って20代のときのように“若さ”で勝負はできない。
特に東京で生きる女は、自分を見失いがちになるのではないだろうか?
美しく、賢く、性格も良い。三拍子そろった女たちが、次から次へと現れてくるのだから。
Age32。岐路に立つ女たちが、この年齢で手に入れておくべきものとは?
今年32歳を迎えた古市花純(ふるいち・かすみ)に、心ざわつくある出来事が起きる。
悩める花純の前に現れたのは、人気連載「それも1つのLOVE」にも登場したミステリアスな美女・衣笠美玲だった―。
若い美女、現る
「初めまして!今日からお世話になります、青井千秋です」
渋谷の某IT企業。
果実が弾けるようにフレッシュな挨拶が、無機質なオフィスに響きわたった。
「ようこそ!」
「青井さん、よろしく!」
彼女を歓迎する盛大な拍手に混じって、主に男性社員から「青井さん、めっちゃ可愛いな」「気分上がるわー」などといった無遠慮な声が漏れている。
その光景に、花純の胸はざわざわと音を立てた。
青井千秋、25歳。
入社当初から社内で評判だった美女が、花純の所属するアプリ企画チームにやってきた。
もともと若い社員が多い会社であり、さらにここはアイデアと行動力さえあればどんどん新たなアプリを生み出せる、若手に人気の部署。
千秋と同様、花純も20代半ばで自ら志願してアプリ企画チームに入り、気づけば5年以上が経った。
異動してきた当時の先輩たちは皆、結婚や出産で退職したり、あるいはハードワークから逃れるようにバックオフィスへと異動していき、気づけば32歳の花純がチーム最年長となっていた。
「古市さん♡今日からよろしくお願いします」
「あ…うん、こちらこそよろしく」
千秋は用意されたデスク…花純の隣の席に座り、初々しい笑顔をこちらに向けた。
ピンと張った肌、水分をたっぷり含んだ髪、血色の良い唇…そのすべてから溢れる若さが、花純に迫ってくるようだ。
千秋の存在は、どういうわけか花純に言いようのない焦燥を与える。
わかってる、彼女は何も悪くない。だけど−。
否定しても本能が発する警告は、しかし現実のものとなっていくのだった。