恋と友情のあいだで 〜里奈 Ver.〜 Vol.9

「夫は、出張なの」背徳感に揺れる男の欲望を解き放った、人妻の誘惑

友情が砕けた瞬間


「お待たせ」

私より少し遅れ、セルリアンタワー東急ホテル内のバー『ベロビスト』にやってきた廉は、どことなく不機嫌そうに隣のカウンター席に腰を下ろした。

つい先ほどまでの酔いはすっかり冷めているようだが、廉はまるで学生時代のようなぶっきらぼうな口調で「ビール」とバーテンダーに頼んだ。

「時間、平気なの?旦那は?」

「出張よ。あれを出張と呼べるのか分からないけど」

私が自嘲気味に答えると、廉は「そういう言い方はやめとけよ」と、目を合わさずに答える。

「そっちこそ、奥様をシンガに一人残して大丈夫なの?」

「...さぁ」

そうして私たちは、ほとんど無言のまま暫くの時間を過ごした。

海を越えていたときは毎晩連絡を取り合っていたのに、いざその姿を目の前にすると、身動きが取れなくなる。だが、この沈黙はむしろ心地良いものだった。

もっと若い頃は何を考えているのか分からなかった廉の心境が、言葉はなくとも何となく伝わる。おそらく彼も同じだろう。


24時のラストオーダーで最後の一杯を頼むと、私たちの間にはピリッとした緊張感が生まれた。

しかし、それでもお互いに核心に触れることはなく、私は次第に退屈し始めた。

自分でも一体何を期待していたのかは分からないが、廉との二人きりの時間は思ったほど昂揚するものでもなく、ただ時間だけがのらりくらりと過ぎていく。

そういえば、学生時代に廉と深夜のファミレスや彼の家で過ごしたときも、同じような時間の流れ方だった。

「そろそろ、帰ろうかな。廉もだいぶ酔ったでしょ。付き合ってくれてありがとう」

「あぁ...」

支払いを部屋付で済ませてくれた廉に礼を言うと、私は先導を切ってエレベーターに向かった。これまでの時間が、一気に過去のものになったように思える。


「今すぐ、帰らなきゃいけない?」


しかし、二人きりでエレベーターに乗り込んだ瞬間、廉の低い声が響いたかと思うと、唇を塞がれていた。

咄嗟のことで思わずその身体を押し返そうとしたが、廉の腕は思ったよりもずっと頑丈で、逆にすっぽりと抱きかかえられてしまう。

廉は一旦唇を離し、もう一度私の体を強く抱きしめてから、今度はゆっくりと探るように唇を重ねてきた。

そうして私たちは何度か唇を重ねたが、1階に到着してエレベーターの扉が開いたとき、彼はやはり不機嫌そうに私に背を向け、エントランスに向かって歩き出した。

「ごめん」

なんで謝るの、という言葉を、うまく発することができなかった。

「タクシーで送るから」

昔から、廉は何も変わっていない。

私の心の根底からザワつかせる言動や行動を取っておきながら、結局最後は知らん顔で背を向ける。

でも、私は変わった。もう、一人ぼっちで強がれる年齢でも立場でもない。

「廉の部屋に連れてってよ」

私が強く言うと、廉は一瞬気まずそうに目を逸らした。

そして、どことなく悲しそうな顔で、少しの間何か考える様子を見せてから、とうとう小さな声で答えた。

「スイートルームとかじゃないけど、いいの?」

笑いにくい冗談だと思ったが、二人は同時に小さく吹き出していた。

この記事へのコメント

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No Name
直哉は怒る資格ないよね。俺とお前は違うって、自分の行いを棚に上げて最低。妻を大切にしてないクセに。
2018/08/21 05:5899+返信26件
No Name
やっぱり一線超えたのか…
でもそのほうがいいよ、終わりが見えるから。
プラトニックなままだと、一生友だちを隠れ蓑にできちゃうもん。
2018/08/21 05:1699+返信5件
No Name
次週予告怖い。
背後に忍び寄る思わぬ敵って…
2018/08/21 05:2091返信9件
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