私の彼は、結婚願望がない。
ようやくそれに気がついたのは、交際開始から5年も経った後…32歳の秋だった。
「さっさと見切りをつけて、次に行った方がいい」
周りは口を揃えてそう言うけれど、そんな簡単に割り切れないからこそ、女は思い悩む。
東京で恋に仕事に奔走するアラサー女は、幸せを掴めるのか…!?
私の彼は、結婚願望がない。
「ああ菜月、どうした?」
長い呼び出しのあと、電話の向こうから爽太のやたらと大きな声が聞こえた。
その声の後ろでは、複数の男女が騒いでいる気配がする。…ああ、また飲み歩いているのかと、菜月は小さくため息をついた。
大手広告代理店で働く爽太は菜月より4歳年下で、28歳になったばかり。全国平均なら結婚適齢期なのかもしれないが、東京のど真ん中で生きる、しかも大手広告代理店勤務の男にそんな常識はまったく当てはまらない。
この通り落ち着く気配などまるで無く、爽太は毎晩のように飲み歩いているのだ。
時刻は、そろそろ24時を回ろうとしている。
すでにベッドにいる菜月は無理矢理にテンションを上げ、喧騒の中にいる爽太にも聞こえるよう声を張った。
「週末の予定はどんな感じ?」
菜月はいつもこうやって、彼の予定を確認してから自分の用事を入れるようにしている。爽太は仕事に遊びにいつも多忙で、そうでもしないと平気で1ヶ月会えなかったりするからだ。
「ああ、ごめん。今週土曜は同期の結婚式で、日曜は早朝から接待ゴルフ」
「…そう」
あっさりと断られ、しかもまるで残念そうでない言い方に傷つく。しかしそんな落胆を隠すように、菜月は明るく話題を変えた。
「ちなみに、誰が結婚するの?」
「望月だよ。菜月も会ったことあるだろ?」
望月。それは、爽太が最も仲良くしている同期のひとりだ。そんな身近な人が結婚するのなら…爽太も少しは結婚を意識するのでは…?
しかしながらそんな菜月の思惑も虚しく、爽太はあっけらかんとこう言い放つのだった。
「あいつもこの歳で結婚決めちゃうなんて、勿体無いよなぁ!」