パフューマー(調香師)。それが、山中塔子の職業だ。
3Sと名高い某お嬢さま高校を卒業後、同じ港区白金にある北里大学に進学。大学2年生で「ミス北里大」に選ばれる。
卒業後、大手化粧品会社に研究員として入社、優秀な成績と飛び抜けた嗅覚のセンスを買われ、入社2年で有名フレグランスの香料開発部門に異動になる。
そして25歳のときに夫である山中修也に出会い、わずか交際数ヶ月で、結婚。
なんという完璧な人生だろうか。
きっと彼女も真奈と同じように小学生の頃は美少女戦士のアニメに憧れ、中学時代はMDプレイヤーでR&Bを聞いていただろうに。
悔しい、人生とはなんと不公平なのだ…とは、真奈は思わなかった。
22歳も年上のオッサンと結婚なんて、いくら金持ちでも…。
−私なら絶・対・に!!!イヤ。
それにしてもこの女、塔子の落ち着きぶりときたらどうだろう。
保険調査員という仕事柄、人のさまざまな感情にさらされるのは慣れている。
いきなり叫びだす人。泣きだす人。恨みつらみを延々と語りつづける人。ショックとストレスで顔の表情が半分ずつ違う人もいた。
でも、こんな顔をした人間に対峙するのは初めてだ。
悲しみ、戸惑い、安堵、あるいは隠しきれない喜び。
山中塔子の長いまつ毛に彩られた瞳からは、どんな感情も読み取れない。
想像だがこういう女は夫の死を人に伝える時、「ちょっと配管が詰まっちゃって」と同じイントネーションで「実は夫が昨日亡くなっちゃって」と告げるのではないだろうか。
まあそもそも配管詰まらないか。こんな高級タワマンで。
夫婦が暮らしていたのは、港区高輪のランドマークとも言われているタワーマンションの35階。
真奈は保険調査員の仕事を始めてもうすぐ7年になるが、対象者の自室に到着するまでに4重のセキュリティをくぐったことも、部屋の中央に庭がある(プライベートガーデンというらしい)リビングに通されたのも始めての経験で、クラクラしっぱなしだった。
さらに真奈に目眩を起こさせたのが、出迎えてくれた山中修也の未亡人、山中塔子だった。
あまりに顔が小さく、腰が細く、足が長いので、人間というよりこのリビングの造形物の1つのようだ。
真奈は呼吸を整え、努めて冷静に、何度もくり返し唱えてきた保険調査員の定型文を口にする。
「この度は誠にご愁傷さまでした。最愛のご主人を亡くされて、大変お辛かったことでしょう」
そこで開口一番返ってきたのが、先ほどの一言である。
―夫を、愛してはいませんでした。
言葉を継げずにいる真奈に、美しい未亡人はこう続けた。
「お辛くもありませんよ。病院の先生からね、あの人、くも膜下出血にしては珍しく、あまり苦しまずに亡くなったって聞いて。ああよかったなーって思っています」
塔子は、うっすらほほ笑んだ、かのように見えた。
この記事へのコメント
一番、プライベートガーデン付きのリビング@35階が気になりました♡
見てみたい!
これって紀州のドンファンの事件からきてるのかな?