2018.06.16
ノリオとジュリエット Vol.2“そしたら来週の土曜、琵琶湖ドライブはどう?”
デスクについた紀夫は、一つ大きく深呼吸をして樹里のLINEに返信した。
“誘ってくれてめちゃくちゃ嬉しいわ!”とか、“俺もふたりで会いたいと思ってた”とか、そういう言葉も一度は入力してはみたものの、悩みに悩んだ挙句に結局消した。
女性が喜びそうなキザなセリフを、さらりと言える男が心の底から羨ましい。
ドライブを提案したのも、特に策があってのことではない。
素敵なレストランを予約して食事に誘うなどカッコつけたい気持ちもないわけではなかったが、そもそも紀夫は美食に疎い。
紀夫は、平凡なサラリーマン家庭に生まれた。奈良県の公立高校を卒業したのち立命館大学に入学。
文字通りの貧乏学生時代を経て、どうにか関西圏ではトップクラスの給与を誇るゲーム機器メーカーに就職を決めたのが7年前。
ようやく余裕のある生活ができるようになったのは、ここ数年の話だ。
学生時代からの恋人・一二三薫が、3年前に紀夫を残して上京してしまってからは、女性関係もさっぱりだった。(しばらくは薫に未練があったのも、原因の一つである。)
“樹里が喜びそうなデートプラン”などといくら考えてみても、一つとして名案が思いつかないのも仕方のないことだろう。
そんな自分を情けなく思う紀夫だったが、1分と空けずに届いた樹里からの返信にホッと胸をなでおろすのだった。
“すごい!私も久しぶりに、ドライブに行きたいと思ってたんです”
◆
近づいていく距離
約束の土曜、午後1時。
JR京都駅、中央郵便局の前でふたりは落ち合った。
詳しくは知らないが、樹里の実家はまさに京都の中心、御所南にあるという。
紀夫は当然、家まで迎えにいくと申し出た。しかし彼女が「ちょうど京都駅に用事があるから」と言い出したのだ。
「お邪魔します」
はにかむように言って、愛車・ビートルの助手席に樹里が乗り込む。
薄いブルーのワンピースが揺れ、白くて華奢な足が覗く。
今日の樹里は髪をまとめていて、ドアを閉めようとして紀夫に背を向けると、首筋から甘い香りが立ち上るようだった。
琵琶湖までは、京都市内から車で約1時間。
ドライブするにはちょうど良い距離感だが、紀夫は少々不安に思っていた。
密室で二人きり。いったい何を話せば…?
そもそも紀夫が樹里と会うのは川床での食事会以来、まだ2度目。彼女のことなどほとんど何も知らないし、共通の話題といえば同期の夏子ネタくらいである。
しかも食事会の席で樹里は、自分からほとんど何も話さなかった。おしゃべりなタイプではないのだろう。
しかしそんな紀夫の思い込みは、いい意味で裏切られた。
「琵琶湖を一望できるカフェがあるの、知ってる?私、そこに行ってみたくて!」
楽しそうに、無邪気にはしゃぐ樹里は、食事会の時とはまるで別人のよう。
「いいよ、行こう。ナビ入れられる?」
そんなやり取りもとても自然で、随分前からお互いを知っているかのような居心地のよさなのだ。
「…なんか、不思議」
くだらないことで笑いあったあと、樹里が不意にぽつり、とつぶやいた。
「紀夫さんと一緒だと、無理しなくても楽しい」
その言葉は、紀夫を一瞬、喜ばせた。しかしすぐに、言いようのない引っ掛かりを覚える。
−誰かと、比べている?
「まあ、俺は“普通”なんがウリの男やからな」
いつもの癖で笑いに変えると、樹里はくすくすと愛らしい声を出した。その音色は、紀夫の心を無条件に華やがせる。
…今日は、せっかくの初デートなのだ。余計な詮索をするのはよそう。
ドライブデートってしたことなかったけど、こんな感じならしてみたかったな…素敵。
樹里ちゃん、もしかして「田の字地区」在住かしら?坪単価260万円位する京都のど真中…老舗で恐ろしくお金持ちかもしれないですね。ほんとに元お公家さんかも…
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