2018.05.17
ふぞろいな駐妻たち Vol.1ロンドン留学中に見た、駐在員の生態と駐妻の狂気
英国稲門会は駐在員たちの社交の場にもなっているらしい。大学は違えども留学生大歓迎とのことで、里香子は2人を連れパーティーに参加した。
就職に有利な人脈ができるかもしれないと期待していたが、ほとんどが家族連れの忘年会ムード。
今年の早慶戦がどうだこうだと言いながら都の西北を熱唱していて、特に早稲田と関係ない雪乃とケイは呆然としていたのだった。
ーでもあの人はちょっと素敵だったかな…。
里香子は、パーティーの後半に話した商社マンの坂東という男を思い出していた。
彼も、学生時代は同じくロンドン大学に留学していたという。気が付いたら30分ほども2人で話し込んでいただろうか。最後は電話番号も交換した。
「でも、里香子が最後に話しこんでた人が一番素敵だったなあ。結婚指輪してなかったけど、独身?」
さすが目ざとい雪乃が、可憐な見かけに反してやけに前のめりに尋ねる。
「クリスマスだし、家族を帯同してるならパーティーに連れてくるんじゃないかなあ。坂東さんだったかな、商社マンで、学生時代ロンドン大にいたらしいよ」
その時、里香子の携帯が鳴った。
携帯が置かれたテーブルの上に、全員の目が注がれる。画面には、坂東の名前が表示されていた。
キャーと色めきたつ2人を追いはらう仕草をしながら、里香子は通話ボタンを急いで押す。
ちょっとだけ余所行きの声で答えようと息を吸ったとき、それよりも刹那早く、女の鋭く低い声が耳に流れ込んできた。
「貴女、誰なの?主人にどんな御用でしょうか?」
不意に聞こえた女性の声、しかもただならぬ様子の声音に、里香子の頭はフリーズする。
「あ、あの、ええと、私…」
「昨夜23時頃、坂東に電話いただいていますでしょう?休日の夜に、人の夫にどんな用事があったのかしら?」
詰問口調に混乱して、うまく会話をつなぐことができない。
23時といえばパーティーが終わる頃で、坂東と電話番号を交換した。
里香子の携帯に、坂東が素早く自分の名前と番号を登録してくれ、そのあと発信ボタンを押して自分の携帯を鳴らしていた。これで交換完了、と言ったので、その履歴が坂東の携帯に残ったのだろう。
その経緯を話そうとしたが、それは坂東の妻の静かな凄みある声に遮られた。
「金輪際、坂東の携帯への電話はご遠慮くださいませ。あなた、随分お若いようだけど、人の主人に粉をかけるようなみっともない真似してないで、さっさと日本にお帰りになっては?」
それだけ言うと、電話は切れた。耳を澄ませていた雪乃とケイも、あっけにとられている。
「…これはあれね、女好きの駐在夫の携帯を毎晩狂ったようにチェックしている駐妻からの、新規登録女への牽制ね。ほら、駐在員てすごくモテるらしいから、奥さんは大変なんじゃない?」
ケイが、呆然としている里香子に同情して、訳知り顔で肩をたたく。里香子は妙にしょんぼりした気持ちで、2人の顔を見た。
疑心暗鬼になっている時期だったとしても、誰かわからない相手に喧嘩腰で電話をかけてくるとは、なんて怖いもの知らずなんだろう。見知らぬ番号の着信の中には、仕事関係者だっているかもしれないのに。
…それだけ追い詰められていたということだろうか。
―駐妻って大変なんだな…。
里香子は空恐ろしい気持ちでいつまでも携帯を見つめていた。
◆
あれから8年。
花束を胸に、里香子は今、バンコクで駐妻として未知なる世界の入り口に立っている。どうしてだろう、この絢爛な花束を見て、あの時の記憶が不意に蘇ったのは。
「奥様、お時間です」
メイドが恭しくドアを開ける。
運転手に促され、車に乗り込めば、外の喧噪や熱気の一切が遮断された。後部座席に身を沈めると、車は灼熱のバンコクを走りだした。
▶NEXT:5月23日 水曜更新予定
華麗なるバンコク駐妻の世界。初日の洗礼はいかに?
違う国、違う会社の駐妻ライフ気になります。
アジア駐在は優雅そうでうらやましいです。
欧州の某国でしたが、物価が高くて贅沢とは程遠かった。
住んでいた家が古く、お風呂場の隙間からキノコ生えるし
友人の旦那は若くして部長。駐妻時に「偉いのは旦那でアンタじゃない」と言われたとか。この世界にもおつぼねーずは存在するらしい(笑)
仕事で上を目指すのはつらい。やっぱり自分より仕事ができる人と結婚して家計は旦那さんにお任せ。
でも日本で普通の専業主婦になるのはプライドもあるしこれまでのキャリアももったいない。
駐妻になったら、その国で語学を学んだり、コミュニティでの活動や趣味などやりたい。
なので旦那さんの駐在で会社辞める、
仕事は辞めるけど、現地でもわたしら...続きを見るしく頑張ります!
みたいなのが、現代の寿退社なのかなと感じました。
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