元彼の近況を聞き、胸を痛める女
「本当に聡子ちゃんと二人で会えるなんて、思ってなかったな」
指定されたレストランに着くと、ワタルは挑発的に微笑んで言った。
前回は陽介の存在で霞んでいたが、彼は少し幼さの残るハンサムな顔立ちをしている。
「ちょうど...飲みたい気分だったから」
聡子は何となく照れ臭くなり、素っ気ない口調になった。
正直、ワタルには興味がない。ただ、“ゆるふわ女”なんかに骨抜きになった陽介への反発心もあり、つい誘いに乗ってしまったのだ。
「それって、陽介の彼女のことでムシャクシャしてたから?昔、陽介と付き合ってたんだってね」
「べ...別に!大昔の話よ...」
ムキになる聡子を尻目に、ワタルは続ける。
「ちなみに知美ちゃんとは、陽介の一目惚れから始まったんだよ。かなりラブラブで、今は半同棲状態らしい。でも唯一の不満は、仕事の話ができないことなんだって。彼女はそういう話には興味がないから」
―私だったら、陽介にそんな思いは絶対させないのに...。
悔しさと嫉妬で、聡子の胸はさらに痛む。
するとワタルは、聡子があまりに落ち込む様子を察したのか、明るい声で突然話題を変えた。
「そういえば、来月フランスに出張なんだ。陽介も一緒なんだけどさ、何か欲しいお土産があれば言ってよ。でも俺、ロングフライトが苦手なんだ。映画で時間潰すつもりだけど、ラインナップが微妙だったらどうしようかなあ...」
「あっ、それなら、自分の観たい映画や海外ドラマをスマホでダウンロードしておいたら?」
聡子はスマホを取り出し、Netflixのアプリ画面を見せた。ダウンロード機能を使えば、機内のようなwifi環境がない場所でも、好きなドラマや映画を楽しむことができるのだ。
「そういえばこの前、陽介と志帆ちゃんも盛り上がってたよな…」
「オリジナルドラマがどれも凝ってて本当に面白いの。機内で観るなら...『オルタード・カーボン』がいいかも。SFっぽいサスペンス系のアクションドラマだから、続きが気になって私も週末に一気見しちゃった。これなら、きっと機内で観ても時間があっという間に過ぎるわ」
聡子の力説にワタルは頷いて、早速スマホでNetflixの登録を始めたが、ふと手をとめた。
「プランが3種類あるみたいだけど、どう違うのかな…。どれがいいんだろう」
「一人で使うなら、ベーシックプランでもスタンダードプランでもいいけど...。私は家のテレビが4Kだから、プレミアムプランにしてる。高画質で、映像がとにかく綺麗なのよ。家でも十分クオリティの高い映画が観られるから、最近では映画館に行かなくなっちゃったくらいなの」
聡子が得意げに話すと、ワタルは嬉しそうに言った。
「えっ、マジ?!実は俺も、先週4Kのテレビ買ったんだよなあ」
結局ワタルも聡子と同じプランを選んで、無事登録を終えた。聡子はすかさずオススメのドラマを教え始める。
「今までに私が観た中で面白かったのは、ドイツを舞台にしたSFミステリー『ダーク』とか、コロンビアの麻薬王の『ナルコス』かな。あとは最近観たばかりだけど、『エダ』もオススメよ」
すると、ワタルがクスクスと小さく笑っていることに気づく。
「な...なに?」
「いや、いくらロングフライトでも、そんなに一気に全部観られないし...」
ワタルはとうとう堪えきれなくなったようで、声を上げて笑い出す。彼に釣られ、聡子も一緒になって笑ってしまった。
「やだ、私ったら...。海外ドラマの話になると、つい夢中になっちゃって...」
「いや、いいんだ。聡子ちゃん、やっと笑ってくれたし」
そう言ったワタルは、これまで見たことのない優しげな表情をしていた。