努力では得られない、たった一つのもの
―いかなる困難も、努力によって克服できるー
これは聡子のモットーであるが、どんなに努力しても思い通りにならないものが一つだけある。
それは、恋愛だ。
ここ数年、聡子には恋人がいない。
それに実は、学生時代の元彼・陽介が忘れられないのだ。破局から長い年月が経つというのに、多忙な日々の中でふと気が抜けた瞬間など、いまだに彼を思い出しては胸が痛む。
―あのとき、もう少し器用になれていたら...。
陽介は、学生時代の英語サークルの先輩だった。面倒見が良く、端正で上品な顔立ちをした彼は、ずっと聡子の憧れの存在であった。
―楽しく英語を勉強するならさ、海外ドラマがお勧めだよ。
陽介は、ドラマを観ながら聞き取った英文を書き取るというシンプルな勉強法を教えてくれた。聡子は陽介に習い、好きな海外ドラマのおかげで自然と英語力を身につけ、また彼との仲も深めていった。
それなのにー。
ようやく憧れの陽介と付き合えたにも関わらず、当時大学3年生だった聡子は、インターンと恋愛の両立がうまくできず、たった半年でフラれるという情けない結末に終わってしまったのだ。
だが、今でも暇さえあれば海外ドラマを観る習慣は変わっていない。
あの頃と大きく変わったことと言えば、DVDではなくNetflixで観るようになったこと。
聡子は、朝のメイク時間や家事をする合間に、お気に入りの海外ドラマ「SUITS」をBGM感覚で流し、英語のブラッシュアップを図っている。
さらに最近は、仕事のためにフランス語も勉強中で、フランス・マルセイユでの政権争いを描いたドラマ 「マルセイユ」に夢中だ。
初めのころは字幕はフランス語、音声は英語に切り替えて観ていたが、見慣れたエピソードについては、オリジナル言語であるフランス語で見返すこともある。
Netflixは、複数の音声と字幕の切り替えができ、お気に入りのドラマも多言語で楽しむことができるのだ。
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その晩、聡子は胸がモヤモヤして、なんだか寝つけなかった。
今夜のように眠れない夜には、ハーブティーを飲みながらゆっくりドラマを鑑賞するのも癒しの一つだ。
聡子は「ダイナスティ」の続きを見るため、再生ボタンを押す。
このドラマにはまったのは、Netflixのレコメンド機能のおかげだ。
個々に合ったおすすめの作品が自動的に選別されていくため、自分好みの作品に次々と出会うことができるのだ。
その時ふと、陽介と一緒にこうして海外ドラマをよく観たことを思い出した。彼は、無知な聡子に多くの作品を教えてくれた。
あれから何人かの男性とデートもしたし、一応交際にまで発展したこともある。でも結局、陽介に感じた尊敬や深い情熱が沸くことはなかった。
二人でドラマや映画を一緒に観た頃の、陽介の横顔を思い出して、聡子は今夜も孤独に胸を痛めるのだった。