闇と肉を制する者は健全な恋の覇者となる
この店はどこより照度が低い。ホテルダイニングとしては多分、都内1、2を争う程にだ。まぶしく照らされたオープンキッチンの横をするり通り抜けたら、一転、テーブルの中央だけがほんのり浮かび上がる場所へとたどり着く。ほどよい闇があるから、無粋な仕切りやよそよそしい席間を必要とせずに、プライベートな空気が生まれる。
目が慣れた頃に到着するのは、シンプルで力強い料理。『ニューヨーク グリル』の名の通り、メインにはグリルやオーブン、ロティスリーで焼き上げる素材を活かした皿を堪能したい。料理長、ステファン・レッシュ氏は修業途上の20代前半、母国オーストリア・シュタイナッハでブッチャーを経験し、肉への思いと知識は人一倍。牛肉はオーストラリア産穀物肥育牛テンダーロインなど、常時約6種を揃える。殊に日本各地から持ち込まれる最高級牛は絶妙なミディアムレアの仕上がり。スタッグス・リープ・ワインセラーズ・ハンズ・オブ・タイムなど、力強いレアワインとともに勢いよく皿を空にする頃には、少しだけくたびれてしまった心と身体の隅々にまで栄養が漲るに違いない。
闇と肉とを制した頃には、ちょっと手づまりだったふたりの関係もほどけ始めるだろう。だから高揚した空気もそのままに『ニューヨーク バー』に滑り込み、マティーニを傾けよう。酒さえも制すれば、恋は、成就したも同然だから。