2017.12.29
誘われない女 Vol.1夏希は、青山にある外資系アパレル企業で、看板ブランドのPRを務めている。
NYに本社がある働く女性向けのブランドで、コンサバテイストに程良くモードを取り入れたデザインが、日本の女性たちに絶大な支持を受けていた。
そして今秋、夏希のPRするブランドから派生した新ブランドが立ちあげられた。
これまでの経歴を考えると、そのPRを担当するのは自分だろうと思っていた。新ブランドの立ち上げは、これからのキャリアを考えると是非経験しておきたい仕事の一つである。
しかしいざ蓋を開けてみると、そのブランドのPRに抜擢されたのは、同期のさとみだった。さとみはMD企画部出身なので、異例ともいえる人事だ。
さとみが選ばれたことに悔しい気持ちはあったが、仕事上の関わりはあるし、夏希は何とか上手くやっていこうと思っていた。
しかしさとみは、夏希が最も苦手とするタイプだった。良く言えば愛想が良く、悪く言えば少しぶりっこ、学生時代同じクラスだったら、絶対仲良くしたくない。
夏希は昔から、“女”を利用しないと決めていた。
無駄な愛想をふりまかなくても実力だけで勝負できる、という確固たる自信があったのだ。それゆえ、“女”を全面に出したさとみのようなタイプには、一気に白けてしまう。
たださとみのような女に苛立っても、それを態度に表すようなことは絶対にしない。嫉妬しているなんて思われるのは、まっぴらごめんだ。
だからその証拠に、夏希は余裕のある笑みを浮かべ、さとみの黄色い声に「困りましたね」という表情を浮かべながら、男との会話に戻った。
なんで誰からも誘われないの?
しかし久しぶりに行った食事会は楽しく、その日は結局、家に着いたのは0時過ぎだった。
帰り際には皆で連絡先を交換して、夏希はグループラインにお礼のメッセージを送った。
こうした集まりに頻繁に行っていた20代半ばのころは、個別でのお誘いLINEがすぐに来たので、当然のように連絡がくるのだろうと思っていた。
しかし、夏希の携帯が鳴る気配は一向になかった。
―男性陣も30代だし…。そんなガツガツしてない、か。
夏希はキッチンに行き、ミネラルウォーターを勢いよく流し込む。
今日は元々、女性側に1人ドタキャンが出たとかで、さとみに頼まれて仕方なく参加した食事会だったのだ。それにそもそも自分には、付き合って1年になる彼氏・孝之がいる。
孝之は同じ会社の1つ年下の男で、セールスを統括している。すらりとしたスタイルと今流行りの塩顔で、数少ない男性社員の中では抜群の人気を誇っていた。
…とは言いながらも、久しぶりの場で女としての魅力があったのか、男たちの反応が気になって仕方なかった。
ワインの話で盛り上がった光一という男とは結構話しこんだし、連絡があるかもしれない。
しかしディスプレイに新着メッセージの知らせはなく、この夏の旅行で撮ったエーゲ海の写真が、ただただ、美しく広がっているばかりだった。
◆
昨日遅かったせいで、翌朝は起きるのが辛かった。しかしいつも通りきっちり6時に起きて、洗面台で顔を洗う。
寝不足なので顔色は悪いが、鏡に映る自分は決して悪くないと思う。ぱっちりとした二重に、何を塗らなくても赤い唇。女としての魅力は、充分にあるはずだ。
昨日誰からも連絡がないことは気になったがそう思い直し、くすんだ顔色を隠すために念入りにファンデーションを塗って、出勤した。
夏希の1日の仕事は、ショールームの掃除から始まる。マネキンにかかる大切な自社ブランドの服に皺がないか丁寧にチェックし、デスクに戻ると、さとみが現れた。
「夏希ちゃん、おはよう~。昨日はありがとね。これ、昨日のお礼」
さとみは夏希の隣にちょこんと座り、二日酔い用の栄養ドリンクを1本、渡してきた。
「本当、外銀の人って、押しが強くて困っちゃうよねぇ…。さすがに飲み過ぎて、疲れちゃったぁ」
さとみは細くて白い喉にそのドリンクを流し込み、まるで歌うような口調で言う。疲れたと言いながらも、どこか楽しそうだ。
“押しが強くて”ということは、何かあったのだろうか。気になって、さり気なく聞いてみた。
「…さとみは、今彼氏いないんでしょう?昨日、誰かいい人いたの?」
「う~ん。哲也さんとタクミさんから連絡あって飲みに誘われたんだけど、どうしようかなぁ。」
平然を装いながらも、内心はショックを隠しきれない。昨日は結局、誰からの連絡もなかった。
「夏希ちゃんはラブラブな彼氏がいるんだもんね…。いいなぁ、私も頑張ろうっと。邪魔してごめんね」
さとみはにっこり笑い、その場を後にした。
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