個室に通されると男性陣は既に到着しており、皆シャンパンを飲みながら私たちを待っていた。私は5分くらい遅刻したが、花凛はまだ来ていない。
簡単に自己紹介をし、乾杯しようとしたタイミングでようやく花凛が登場した。
「ごめんなさ~い!!収録が、ちょっと長引いてしまって…。」
白のVネックに、ニットのタイトスカート。品を残しながらも、花凛の女らしさが見事に強調されている装いに、男たちは目を細める。
花凛が来た途端、男性3名の顔がパァッと華やいでいく。
「お〜!ようやく花凛様のご登場ですね。」
本日のお相手は CMを打ちまくっている携帯ゲーム会社のCEO・峯岸と、コンサル会社経営の藤原だった。
峯岸は最近メディアに頻繁に出ており、女子アナ界では“狙うべき男性”として有名な人物でもあった。
峯岸の会社の年商は数十億。もうすぐ上場間近ともっぱらの噂だ。しかし、花凛は予想外の言葉を発した。
「へぇ〜じゃあ峯岸さんは、ゲームを作っているんですねぇ♡プログラマーさんか何かですか??」
メディアへの露出頻度が多い峯岸は、自分のことは知っていて当然のような顔をしていたため、花凛の発言に一瞬ムッとした顔になる。
「え?俺のこと、知らないの?」
「ご、ごめんなさい……。勉強不足ですよねぇ…。」
花凛はただでさえ黒目がちな目をさらにウルウルさせて、峯岸にそう答える。その姿を見ながら、私は心の中で突っ込みを入れた。
―ん...?そんなはずはない。
だって私も花凛も、彼の肩書きや年収、全て把握済みだから。
先日アナウンス室でたまたま峯岸が掲載されていた雑誌の話になり、女子アナ4人でその記事を読んでいた。
36歳、独身。グルメで話題の店が好き。しかし実は焼き鳥が大好物で、好きなタイプは清潔感があって、家庭的な女性。
そんな情報までしっかり読んでいた記憶がある 。しかし、花凛は素知らぬ様子で会話を続けている。
「え!?あのCMも峯岸さんの会社なんですねぇ~~!すごーい♡」
花凛は知っているのだ。有名経営者はその肩書きを褒められるより、なんにも知らない女に0から自分の凄さを教えていく方が好きであることを。その証拠に、すでに峯岸は嬉々として自分の功績を事細かに話している。
すっかりいい気分になった峯岸は、花凛にあれやこれやと質問し出した。
「花凛ちゃん、お酒はやっぱりワイン派?」
「実はワイン、全然分からなくて…。実は私、焼き鳥とビールの組み合わせとかが好きなんですよねぇ~~。」
「うっそ!花凛ちゃん、焼き鳥とか行くの?人気絶頂の女子アナさんは、毎日高級店で食事会三昧かと思ってたよ。」
「峯岸さん、ひど~~い!!私、焼き鳥と中華料理が大好きなんですよぉ」
「本当?中華料理って言っても、ヌーベルシノワの高級店でしょ?」
「ヌ、ヌーベルシノ・・ワ?それってお料理の名前ですかぁ?一番好きなのは餃子です♡」
花凛のその言葉に峯岸は爆笑し、「花凛ちゃんって本当いい子だねぇ」と目を細めた。
私はその会話を見ながら、何とも言えない思いで赤ワインのグラスに手を伸ばした。
花凛は今年、ワイン好きが昂じて夏休みにフランスへワイナリー巡りに行っていたのを、私は知っている。
中華料理が好きというのは本当だと思うが、先月『虎峰』に2週連続で行っていたし来週も花凛のリクエストで『茶禅華』での食事会がある。
ヌーベルシノワを知らないとは、どの口が言っているのだろうか。
カマトト狂騒曲
キャリアも幸せな結婚も、そして美貌も。
女たちが望むものを全て手にし、したたかに生きる女たちがいる。
“清純”という仮面を被りながら、密かに野心を燃やす女子アナたちだ。
ウブに見えて腹の底は計算高い彼女たちは、未だ根強く生息する“カマトト女”である。
彼女たちはどうやって、全ての望みを叶えていくのだろうか?
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