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  • 女はすべてお見通し。「男の勝負の日」に彼女が準備した、勝利のシャンパン

    仕事もプライベートも、常に攻めの姿勢で負け知らずの翼だが、現在はある窮地に立たされていた。

    翼の会社でプロモーションを一手に引き受けていた、大クライアントである大手自動車メーカー。そこのプロモーション部の本部長が代わり、来年の夏に発売される新型車の発表を前に、広告代理店を見直すことになったというのだ。

    そうして競合とのコンペが決まり、責任者として急遽翼が抜擢されたのだ。

    この案件を落とすと年間で数億円の損失となり、会社にとって大きな痛手となることは明らかだ。だから、普段であれば心安らぐ時間である瑠衣とのデートでも、今日の翼は落ち着かない気持ちでいた。

    いつだって強気で、情熱をもって仕事に打ち込み、失敗を恐れずに挑戦を続けてきた自負はある。

    だから今回も「やれる」と自分を信じている。だがやはり、不安がまったくないわけではない。

    「ねえ。今夜、ちょっとだけ寄っていい…?」

    ワインボトルが空になると、瑠衣が甘えるように聞いてきた。

    いつもの平日は、こうして食事をすると1軒で終わることもあれば2軒目のバーへ行くこともあるが、大抵彼女は目黒の自宅へ帰る。

    だから翼は快諾しながらも、瑠衣の様子がいつもと違うような違和感を覚えた。


    「やっぱり、いつもと違う。何かあったんでしょう?話してよ」

    瑠衣と一緒に、店から数分の自宅に戻り、ソファにどっかり座って寛いでいると、彼女は少しだけ唇を尖らせて言った。

    「いや、なんでもないよ」

    最初はそうやって誤魔化そうとしたが、今夜の彼女は頑として引こうとしない。こんなに頑固な瑠衣は初めてだ。

    「2年も付き合ってるのに、悩んでることを相談してくれないなんて、逆に不誠実よ」

    ぴしゃりと言われて、翼は目が覚めるような思いだった。

    女性、ましてや恋人に弱音を吐くなんて、男のプライドが許さなかった。だが、真摯な目で見つめてくる瑠衣を前にすると、そんなことに拘っていた自分がすごく小さく思えてくる。

    男は女性に弱音を吐いてはいけない…。

    そんな考えは、勝手な勘違いだったのかもしれない。

    「そうだな…」と言ってしばらく考えたあと、翼は初めて仕事の悩みを打ち明けることにした。


    「…そんなことがあったのね。でも、あなたはいつだって逃げずに挑戦してきたんだから、大丈夫よ」

    静かに聞いていた瑠衣は、じっと目を見つめながら続ける。

    「それに、たとえ失敗したとしてもあなたは、ただでは起きあがらない。この失敗を必ず次に生かすと決めて、実践してきたでしょう?そういうあなただから、好きになったのよ?」

    彼女はゆっくり、静かな室内にやんわりと響き渡る声で言った。

    瑠衣との出会いは、10年近く前になる。翼がいたチームに、当時新卒だった瑠衣が配属されてきた。

    同じチームになったのはその数年間だけだったが、付き合い始めた当初に、「当時からあなたは、強さとチャレンジ精神にあふれてると思ってた」と言われたことがある。

    「ね、だからきっと今回も乗り越えられるわ」

    そう言って柔らかな笑みを浮かべると「じゃあ、そろそろ帰るわね」と、ソファから立ち上がりバッグを手に持った。

    少しだけ膝を曲げた時、彼女の髪がさらりと揺れた。翼は瑠衣を引き留めようかとも思ったが、今夜はなんとなくやめておくことにしたのだった。



    ―2週間後―

    「それよりも、クリエイティブにもっとこだわるべきだよ」

    社内役員からの重い一言を受け、翼はぐっと右手に力を入れた。

    役員とプロジェクトメンバーとの間で、この1週間は板挟み状態になっていたのだ。

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