大手広告代理店で働く翼(34歳)。
いくつもの大きな案件をこなしてきた翼は、自分の仕事に自信を持っている。
どんな悩み事も、だれにも打ち明けることなく解決してきた。
そんな翼の前に、大きな壁が立ちはだかる。
ひとりで奮闘しようとする翼を見て、社内恋愛中の瑠衣(31歳)はある不満を抱えていた…。
どんなに多くの人がいる中でも、ぱっと目を引く女性がいる。
特に派手な色の服を着ているわけでもなく、もちろん奇抜な髪形をしているわけでもなければ、「オーラ」なんて胡散臭い話でもない。
待ち合わせのレストランや、買い物中の百貨店など、人でごった返す場所でも、瑠衣はいつも翼の目を引く。
だから今日も店に入った瞬間、翼は彼女をすぐに見つけることができた。
「どうしちゃったの?なんだか元気ないんじゃない?」
瑠衣が、黒く艶めく髪をかき上げながら大きく潤んだ瞳を向けてきた。
もう何度も二人で訪れている広尾のワインバーで、ボトル半分ほどを飲んだ頃だ。
翼は「そうかな?」ととぼけた振りをして、グラスに手を伸ばす。
瑠衣は少しだけ首を傾げて「そう、じゃあいいけど」と言うと、新しい話題に切り替えた。
翼は、楽しそうに話す瑠衣を見ていると、付き合って2年になろうとしている今でも、自分にはもったいないくらいの彼女だと思うことがある。
もちろん美人ではあるが、それはおそらく顔の造作と言うよりも、真っすぐに伸びた背筋とすらりと長く白い首、凛とした佇まいなどが、彼女の美しさをより一層引き立てているのだろうと感じている。
とにかく、自慢の恋人なのだ。
だから翼は、そんな瑠衣には絶対に弱音を吐きたくなかった。
たとえ今のように、大きな悩みを抱えている時でも、だ。