考えたくはないが、冷静に振り返ると思い当たる節はある。
それというのも香奈は1ヵ月前から、智恵子がリーダーを務めるチームに加わっているのだ。
そうして毎日、機嫌の悪い智恵子に気を使って、ビクビクしながら仕事をしていた。
広告代理店の仕事は、やりがいはあるがストレスも多い。電話が1件終われば、また次の電話がかかってくるし、メールボックスが空になることもほとんどない。そして相手がビッグクライアントとなると億単位の大規模プロジェクトに携わることになる。
しかしだからと言って、智恵子のように常にピリピリムードをまわりに振りまく姿を、香奈は決して尊敬できない。たとえどんなに仕事ができたとしても、だ。
「あんな女性には、なりたくない」
そう思っていたはずなのに、智恵子の近くにいるからか、すでに”彼女側”に片足突っ込んでしまっていたようで、香奈は余計に焦っていた。
「ねえ、香奈ちゃん。今ちょっといいかしら」
ちょうどその時、透明感のある声で名前を呼ばれて、香奈はハッと我に返った。顔を上げると、そこにいたのは真菜美だった。
「あのね、私最近広尾に引っ越したから、今度パーティーをするの。去年のチームメンバーを呼んでるから、香奈ちゃんもどうかしら?」
真菜美は、香奈が社内で最も憧れている女性だ。
互いに幼稚園から大学まで、白百合学園に通っていた「附属女子」としての親近感もあった。
その真菜美の部屋に誘われたのだから、断る理由なんてない。
真菜美は、智恵子とは対極的な女性だ。
真菜美が28歳、智恵子は29歳。二人とも同じくらい沢山の仕事を抱えて、営業として男性と同じかそれ以上に仕事をこなしている。
だが、真菜美は智恵子のようにイライラやピリピリを一切まわりに感じさせない。
クライアントからの無理な変更が急に入っても、顔色一つ変えずに落ち着いて対処するし、上司からの理不尽な要求も、笑顔でさらりとかわす。
自分の主張を通しながら、周りを嫌な気持ちにさせず、妙な安心感まで与えてくれる。
香奈はそれが、不思議で仕方なかった。真菜美はなぜ、いつも笑顔でいられるのか。なぜ、怒らないのか。
仕事をしていれば、嫌なことや面倒なことは次々に襲ってくる。智恵子のように「チッ」と舌打ちするほどではなくても、どんなに気をつけていたって、不機嫌さを出してしまうことはある。
だから思うのだ。真菜美のように常に柔らかな笑みを浮かべていられるなんて、きっと何か秘密があるはずだと。
常々そう感じていた香奈は、真菜美の自宅に行けば彼女の秘密の理由がわかるかも知れない、と密かに浮足立ってもいた。
◆
「わあ、皆さんお久しぶりです」
真菜美の家に行くと、ダイニングテーブルにはすでに3人の女性が座っていた。皆、去年同じチームで仕事をしていた先輩たちだ。
「じゃあ、まずはシャンパンで乾杯しましょうか」
真菜美の弾むような声でパーティーは始まり、1本目のシャンパンが空くと、次は白ワイン、それも空くと軽めの赤ワイン、と次々にボトルが空いていった。
「やだ、ごめんなさい!」
和やかな雰囲気の中、突然香奈が大きな声を出した。