皆が上機嫌になった頃、ついテンションが上がってしまった香奈は、水を注いでもらっていたグラスを倒したのだ。
こぼれた水は、テーブルからはみ出して床にもぽとりぽとりとこぼれている。
だが、真菜美は仕事の時と同じように、焦ることなく落ち着いていた。
「あら、大丈夫よ香奈ちゃん。それより、そこのバスルームからタオルを持ってきてくれるかしら?」
香奈が謝りながら指さされた部屋へ急ぐと、そこは上品な香りで満ちており、急いでいることを一瞬忘れてしまいそうなほどだった。
そこで、部屋干しされているブラジャーが香奈の目に飛び込んできた。
ーわ、ごめんなさい…!
香奈は、見てはいけないものを見てしまった気がして、すぐに目をそらし、お行儀良く棚に収まっているタオルを1枚取り出した。
「すみません、これで大丈夫ですか?」
リビングに戻ると、テーブルの上を片付けていた真菜美は「ええ、ありがとう」と微笑んでくれた。
幸い、だれかのスマホを水没させることもなく事なきを得て、パーティーは再開した。
「あのぉ、真菜美さん。さっきバスルームに入らせてもらった時、すごく良い香りがしたんですが、ディフューザーとか使ってますか?」
会話がひと段落したところで、なんとなく気になったことを聞いてみた。
「ディフューザーは使ってないけど?……あ、いやだ私ったら、もしかして下着干しっぱなしだった?」
真菜美は、ぺろりと舌をだすようにしておどけて言った。同じ女でも“ズルい”と思ってしまうほど、魅力的な笑顔で。
「きっと、その下着よ。香りのもとは」
「洗剤ってことですか?」
香奈が聞くと、真菜美は「違うのよ」と言いながら首を横に振った。
「洗濯する時に使ってるんだけど、『レノアハピネス アロマジュエル』っていう、香りづけ専用のものがあるの。それを、下着を洗う時に使ってるのよ」
「下着を?どうして」
真菜美が「下着」と限定的に言っている意味が疑問だった。
「アロマジュエルってね、香りが1日中続くのよ。だから、嫌なことがあった日でも、家に帰って着替える時まで、良い香りが続いてるの。
だからその香りを嗅ぐと、仕事中でも女としての余裕が持ててるなって思えて、ちょっとだけ気分が良くなるのよ。
ちなみに、最初は附属時代の友達に教えてもらったんだけど、アロマジュエルで作る“アロマブラ”って言ってるの」
そう言ってはにかむ真菜美は、やはりズルいくらい綺麗だ。
「それに、平日はストレスをため込んで、週末にまとめて発散、みたいのはあまり好きじゃないの。だって、週末だけ楽しいより、毎日楽しい方がいいじゃない?」
そう言われて、香奈は思わず智恵子の顔を思い浮かべてしまった。
“アロマブラ”…!?女の変化は、意外と早い
「なあ、良かったら近い内に食事でも行かない?」
ある日の午後、中塚にそう声をかけられて、香奈は驚きを隠せなかった。
中塚からこんな風に食事に誘われるのは初めてのこと。
それにどうも最近、中塚の態度がよそよそしいのだ。言葉の端々や、ちょっとした態度に好意のようなものが滲んでいるように感じる。
その中塚の変化には、”アロマブラ”が関係していると、香奈は密かに思っていた。
真菜美に教えてもらった通り、家に帰っても下着から良い匂いを感じられると、不思議なことに「私、大丈夫だ」と、妙な安心感があるのだ。
そのお陰で、智恵子のようにイライラすることが減った気もする。
「食事?そうですね。じゃあ、このプロジェクトが無事に終わったら♡」
中塚のことは、実は香奈もわりと気になっており、彼と二人で食事に行ってみたいなと思っていた。
だが、少しだけ勿体ぶるのも悪くないかなと思った香奈は、あえてそう返して笑うのだった。
―Fin,
香奈がいい女に近づけたのは、コレのおかげ!
■衣装協力:P3 2枚目上から ヴィヴィアンナブラ(グリーン)¥14,800 マギーブラ(パープル)¥8,900 ナオミブラ(ピンク)¥8,200 (すべてブラデリスニューヨーク/ブラデリスニューヨーク表参道店03-6427-1431)その他はすべてスタイリスト私物