「タク代もらえますか?」
飲み会に紛れていた子なのだろう、女子大生は当然の権利を主張するかのように冷めた口調で言い放った。
先ほどの美女なら話は別だが、一度も話したことのないそこそこ可愛いくらいの女子大生に、何の義理があってタクシー代を払わなければならないのだろうか。
「まだ終電あるでしょ。…ってゆうかどうせこの後もタク代飲みはしごするんだろ」
彼女たちを見透かしたように意地悪く微笑むと、財布を内ポケットにしまいタバコに火をつけた。
「ありえなくない?」
「0時まで飲んだのにタク代くれないとかケチすぎるんだけど、、、」
女子大生が何やらグチグチ言っているが、気にしなかった。いくら高給取りとはいえ港区に掃いて腐るほどいるプロ女子大生達に、毎晩タク代をばらまいていては身が持たない。
それになんだろう、女子大生からしてみれば自分はタク代おじさんと変わりない存在なのだろうか。
博人はまだ、28歳である。虚しさと苛立ちに襲われた。
しかし港区でプロ女子大生の威力は凄まじいものがある。東京でトップクラスの年収を誇る外資系証券会社。「ケチ」だなんて不名誉だ。たった数万円ごときで自分や会社の飲み会の評判が下がる事は避けておきたい。
そんな気持ちも相まって、博人は財布から投げやりに2万円を出し、それぞれに1万円ずつ渡した。まるで、捨てるみたいに。
今日は上司のバースデーなので飲み代はかからないはずであるが、タクシー代だけで4万円の出費だ。一体飲み会に月いくら使っているのだろうか。
大衆居酒屋で飲むなんてことはない、いつだって単価の高い港区のバーである。1回の飲み会が1万円で収まることはまずありえない。
飲み会でなくとも1度デートすれば5万は飛ぶ。世間では高収入だと羨望の目で見られようと、稼いだ金はすべて港区に消えていくのが現実だ。
高級時計なんてしてないし、車だって買えてない。もちろん貯金はゼロ。大学生の頃思い描いていた自分とは、程遠い現実である。
でも遊びをやめて貯金する気などさらさらない。年収が鰻のぼりなのは確実なのだ。そこら辺のサラリーマンとは違うという自負がある。きっと来年は車が買えるくらいのボーナスがもらえるはずだ。
空っぽの財布に目を落とし、一瞬漠然とした不安に襲われるものの、車の助手席に美女を乗せる…キラキラと輝く未来だけが浮かぶ。
高めの年収と高めのプライドが邪魔をして、現実を嘆くことなどできないのだ。
星の一つも見えない夜空を見上げて、ふぅっとタバコのけむりを深く吐く。
「ヒロトく~ん!なにやってんの、のもーよぉ」
絶望と希望の入り混じったため息をしたところで、博人は美女の猫なで声とともに港区の夜に引き戻されていった。
両手に美女を抱えよろしくやっている上司を見る限り、博人もあと10年はこんな生活が続くのだろうか。
―――港区男子の夜は長い。
▶NEXT:9月19日火曜日 更新予定
ビリオネアを目指す若手起業家の下克上
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
東京カレンダーが運営するレストラン予約サービス「グルカレ」でワンランク上の食体験を。
今、日本橋には話題のレストランの続々出店中。デートにおすすめのレストランはこちら!
日本橋デートにおすすめのレストラン
この記事へのコメント