安泰の人妻に、男に注ぐエネルギーなんてないはずだった
菜月が達也と出会ったのは、数ヵ月前、たまたま人数合わせで呼ばれた2:2の食事会だった。
「なっちゃん、一生のお願い。今夜の食事会、付き合ってくれない?一緒に行く予定だった友達にね、ドタキャンされちゃったの...」
その日、親友の美加は菜月が講師を務めるパワーヨガのレッスンを終えると、噴き出す汗を拭うのもままならぬ状態で走り寄り、懇願するように言った。
なんでも、男友達にとっておきの独身男を紹介してもらえるとのことで、代わりに可愛い女友達を連れて行くと約束したそうなのだ。
「だからって、なんで私が?さすがに行けないよ...」
可愛いかどうかはさておき、菜月は人妻である。代打を頼まれるにふさわしい女ではない。
「大丈夫!なっちゃんは、ただ居てくれるだけでいいの。既婚は一応隠しておいて欲しいけど、会話は私がうまく繋ぐから大丈夫。だから、お願い...!」
当然断るも、美加はしつこく食い下がる。彼女は目下、恋人(および結婚相手)探しに必死なのだ。
―まぁ、いっか...。宗一さん、今日は会食で遅くなるって言ってたし...
切実に頭を下げる親友のため、菜月が渋々承諾すると、美加の顔は一気に晴れやかな笑顔になった。
31歳にもなると、条件のいい恋人を探すのは大変だという。彼女の恋愛の苦労話は嫌と言うほど聞かされている。それに、実は彼女には“借り”があるのだ。
菜月は2年ほど前に5つ年上の医師である宗一と結婚したが、夫を紹介してくれたのは、この美加である。
小柄で小動物系の可愛い顔をした美加は、学生時代から読者モデルとして人気を博しており、社交的で顔が広い。
20代の頃は彼女に連れられ、菜月だけではとても経験できないような美味しい思いも散々させてもらった。
さらに、時間を持て余した主婦のお小遣い稼ぎとして始めたヨガインストラクターも、多くのフォロワーを抱える美加がInstagramで何度も紹介してくれたおかげで、かなり景気の良い仕事になっている。
彼女は現在、外資系ラグジュアリーブランドの広報を務めているが、月に1、2度は必ずレッスンに顔を出してくれる。広尾の閑静な住宅街にあるこのヨガスタジオを気に入ってくれているようだ。
「ねぇ、でもなっちゃんは黒子だからね。あんなに素敵な旦那様がいるんだから、メンズを横取りしないでよね」
「当たり前でしょ。もう、私にそんなエネルギーないわよ」
二人は冗談まじりに笑い合いながら、ヨガの汗を流すべくシャワーへと向かった。
このときは、まさかこの美加のセリフが現実のものとなるなんて思ってもいなかった。
同時に菜月は、長年の親友も、心地よい仕事も、すべて失うことになるのだ。
この記事へのコメント
この手の間違いをちょこちょこしてますよね。
名前的にTOKIOの山口を
イメージしてしまうのは私だけ?笑