将生の家は、代官山だった。
ここ最近、香は将生と週に1回くらいのペースで会うようになっている。
「お邪魔します」
将生の家に着くと、既にテラスで将生がいつもの「〈香る〉エール」を用意してくれていた。香はそこに座り、自然とグラスに手を伸ばし、冷えたビールを注ぐ。冷たくてかろやかな飲み口のビールは、とても美味しかった。
「まさか、ワイン一辺倒だった香が、ビールを飲むようになるとは、ね」
将生がにやりと笑って、隣に座った。
「もう、そんなからかわないでよ」
香は頬を少し膨らませ、甘えるように将生に言った。
思えば、将生の影響でビールを飲むようになったのだ。港区女子時代、一杯目は必ず「泡」だったが、最近は料理やシーンに合わせてビールも頼むようになった。
中でもこの「〈香る〉エール」は、ずっとワインを飲んでいた香にとってぴったりのビールだ。フルーティでかろやかな飲み口なので、ワインのように愉しめるのが気に入っている。
◆
30分ほど2人で飲んでいると、下からインターフォンが鳴った。
「里奈です♡」
今日は新しいカップル・里奈と健人も招いていたのだ。
里奈と将生が一緒にいるところを見て以来、2人が付き合っていると思っていた香だったが、里奈はどうやら最初から健人が好きで、将生に相談していたらしい。
「香さん!!久しぶりです!」
里奈は相変わらず華やかで、現役の“港区女子”だ。里奈は香を見て、驚いたように言った。
「え!?何か香さん、すごく綺麗になった!何で!?」
里奈の口調は、心からのものだと分かる口ぶりで、香は少し安心する。港区女子を卒業したとはいえ、後輩の港区女子にいつでも憧れられる存在でいたい、というのが本心だ。
知られざる将生の本心
香と里奈のやりとりを、将生は満足気に見ていた。
―港区女子だった香も良かったけど、今のほうが素敵だよな。
口には出さなかったが、将生も心の中でそう思った。
実は、香のことは出会う前から少し噂には聞いていた。
「港区で遊んでいる、2人組のすごい美女がいる」と。
そして飲み会の席で初めて香に会ったとき、噂に違わぬ美しい彼女に見惚れたが、その華やか過ぎるオーラに「初めから負けている」感じがしてしまった。
少しでも気を引きたくてつい意地悪なことを言ってしまい、何て子供っぽいことをしたのだろうと後悔していたのだ。
その後、香には年上の彼氏がいると知って諦めていたが、久しぶりに彼女から連絡があり、将生は天にも昇る思いだった。
彼氏と別れて目黒に引っ越したという彼女は、メイクも恰好も落ち着いた感じになっていて、とても素敵だった。
赤いリップにハイヒールの香も素敵だったが、今日着ているブルーの服は、今の香にとても似合っている。
港区女子としての酸いも甘いも知り尽くした女は、この先もきっと輝き続けるのだろう。
将生には、そんな確信があった。
-Fin.