しかし、これから始まる大学生活に夢を抱く女の子同士の会話は、基本的に楽しいものだった。
どのサークルに入るか吟味したり、お互いの恋愛話を打ち明け合ったりと、いわゆる「女子会」という儀式を経て、仲間意識が徐々に育成されていくような感覚がある。
私はなるべく会話の流れを乱さないように、必死で空気を読みながらも、新生活への期待は膨らみ、警戒心は少しずつ薄れていった。
そして長いおしゃべりが続き、だんだんと日が沈みはじめると、『ピーク ラウンジ』にはランタンの灯りが燈りはじめ、そこは幻想的な空間へと変わっていった。
「本当に、“ロスト・イン・トランスレーション”みたい...」
あまりの美しさに、つい、思ったことがそのまま口に出てしまった。はっと気づいたときには遅かった。
私は、女の子の1人が熱烈に語っていた年上の彼氏との刺激的な恋愛話を、見事に中断してしまったのだ。
「......なぁに、それ?」
「あ...、このホテルが舞台になった、スカーレット・ヨハンソンの映画なんだけど......」
「そうなんだ、今度観てみる」
彼女たちは、一応は笑顔を崩さずに言ってくれたが、興味がないのは明らかで、話題はすぐに元に戻った。
大して誰も気にしていなかったとは思うが、私は「失敗した」という恥ずかしさで、胸がひどく痛んだ。
見えない壁に感じた、爽快な挫折感
それでも私は、ホテルの魅力には抗えず、最後にまた大胆な行動にでてしまった。
アフタヌーンティーが終わり、皆がホテルのエントランスからタクシーに乗り込もうとするとき、「忘れ物をしたから先に行ってて」と単純な嘘をつき、1人で41階へと舞い戻ったのだ。
せっかくここまで来たのだから、映画のシーンで一番印象に残っている『ニューヨーク バー』を、どうしても一目見たかった。
41階を奥に進むごとに、ホテルの豪華さと重厚感は増していく。
恐る恐る足を進めていくと、そこはまるで天空の美術館のようで、色鮮やかな絵画とたくさんの本棚が現れた。洋書がずらりと並んだライブラリーと呼ばれるその場所は、知的な上品さで満ちている。
目的地の『ニューヨーク バー』に辿り着くには、そこを抜けて、さらに違うエレベーターで52階へと上がらないといけない。
しかし、見えない壁に阻まれるように、私はどうしても、それ以上進むことができなかった。
そもそもお酒が飲める年齢でもないし、何より、場違いな思いをするのが恐かったのだ。
本棚の陰にしばらく佇みながら、他の客をこっそり観察した。誰もが皆、一定以上のレベルの人間が身につける品を纏っているのが、学生ながらにもよく分かった。
―いつか、こんなホテルに普通に泊まれる大人になる......
そう自分に約束して、ある種の爽快な挫折感と共に、私は『パーク ハイアット 東京』を後にした。
▶NEXT:4月29日土曜更新予定
社会人になった皐月は、「パーク ハイアットに泊まる」という夢を叶えるが...?
<撮影協力>
パーク ハイアット 東京
公式HP: https://tokyo.park.hyatt.com/ja/hotel/home.html
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
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