転職したものの、そこは理想とかけ離れた地味な世界
いざ入社してみると、そこは案外地味な環境で、想像していた華やかな世界とは違っていた。
先輩たちも雰囲気美人は多いけど、本当に顔の整った人はごく少数。
ーこれならすぐに、私がブランドの顔になれちゃうかも。
自分の輝かしい未来に、密かに想像を膨らませた。
だが雰囲気美人な先輩たちは、異様に仕事ができた。英語の他にフランス語やイタリア語など、3ヵ国語を話す人もザラにおり、メールの返事も数分以内に返ってくる。
仕事で圧倒的な能力の差を見せつけられ、美奈は焦り、落ち込んだ。
―でも、顔だけなら私の方がふさわしいはず……!
そう思うことでモチベーションを保つしかなかったが、漠然とした不安と不満は確実に美奈の中に積み重なっていた。
思い切って環境変えてみる……?
「美奈って、美人なわりに自分に自信がないから、それを隠そうとして変に強がっちゃうんでしょ?」
ワインを飲みながら一通り美奈の話を聞いた友人は、開口一番に言った。
「考えてばっかりいないで、髪をバッサリ切るとか、環境を変えるとか、何か思い切ったことしてみれば?」
「うーん。髪は、5月の友達の結婚式までは切りたくないし、環境変えるって言っても転職したばっかりだし」
「あ、じゃあ、いっそ引っ越しは?もうすぐマンションの更新って言ってたよね?あ、それかシェアハウスに入ってみるとか!」
「えー、今のマンション気に入ってるから引っ越しもしないよー」
現実を忘れるため、何でもない話で女友達と盛り上がる。
学生の頃から付き合っていた彼と別れて1年。食事会に行ってもピンとくる相手はいない。
◆
終電より3本前の電車に乗って、美奈は住み慣れた祐天寺の自宅に帰った。
灯りをつけ、コートを脱いで手を洗う。いつもと同じ繰り返し。居心地は良いけど、このままじゃダメだって自分を追い込みたくもなる。
ー引っ越しかぁ……。
大学生の頃から住んでいる部屋を見渡して、じっくり考えた。なんだかしっくりこない最近の自分。思い切って環境を変えるのもありかもしれない。
美奈はスマホに『シェアハウス 東京』と入力して検索を始めた。
ーすごい、オシャレ。
思っていた以上に物件があり、その多くがセンスの良い内装であることに驚き、美奈の想像が一気に膨らんだ。
その勢いに背中を押されるように、美奈は半年間と期間を区切り、シェアハウスへ住むことを決めたのだった。
◆
そうして美奈が選んだ街は、隣駅の中目黒。
中目黒は、会社がある銀座へも日比谷線で1本で行けるうえ、カフェも多く高架下の再開発で活気が増している街。それになんといっても目黒川の桜もあり、ほどよく緑があるアットホームな雰囲気も漂っている。
今の、迷っている自分でも迎え入れてくれそうな街、それが中目黒だと感じた。