忘れたい想い。目黒川沿いを歩きながら決めたこと。
結衣が最初に考えたのは京急線の物件だったが、何件見てもピンと来なかった。そもそも街自体に全く馴染みがないし、どこの物件も心なしか暗い雰囲気だ。
見かねた不動産屋が提示してきたのは、目黒にある物件だった。JR山手線から徒歩12分、目黒川沿いから1本入ったところにある築10年のワンルーム。
「予算は少しオーバーしますが、いいところですよ」
目黒は南北線も通っており、妹の新居である白金台も近い。新しいオフィスのある品川まで3駅だ。
早速内覧に行った。駅から少し歩くのと部屋が狭いのは気になったが、都心にしては珍しい、目黒川沿いの緑豊かな環境が気に入った。少し歩けば、中目黒も近い。
―ここで新しい生活を始めるのも、悪くないかも…。
新生活を始めるにあたって少しナイーブになっていたが、引っ越しはやはり気分が上がる。
その時、一通のLINEが届いた。
「家探し、どう?」
LINEの相手は、祐也だった。同じ会社の先輩で、もう3年近くの付き合いになる。祐也は実家が青山にある、お金持ちの家の息子だった。ECサイトの運営をする部署にいるが、経済的な心配が何もない彼にとって、仕事は趣味の延長線上のようなものだ。
祐也とは一応付き合っているが、彼の浮気には何度も泣かされてきたし、ましてや結婚の話なんて出たこともない。
結衣はしっかり者の長女として育てられ、これまで数多くの“ダメ男”と付き合ってきた。浮気、亭主関白、マザコン。世の中の“ダメ男”は一通り経験してきたのではないだろうか。
三軒茶屋のマンションの合鍵を持っていた裕也は、結衣のいないときでもしょっちゅう出入りしていた。美人なマリのことも気に入っていて、残業で遅くなってしまうと、すでに祐也とマリが一緒にお酒を飲んでいる、ということもあった。
「お姉ちゃんは尽くし過ぎなんだよ。男なんてすぐに調子に乗るんだから」
度重なる浮気に悩まされていたとき、マリにはっきりと言われた。
その言葉を思い出しながら、「新しい家決まったら、早く遊びに行きたい!」という祐也のメッセージを何度も見返す。このままずるずる関係を続けても、どんどん自分がすり減っていくだけだ。
結衣は、心を鬼にして返信した。
「新しい家には、もう来ないで」
祐也に初めて見せた、抵抗だ。
―尽くす恋は、もうおしまい。これからは自分の手でちゃんと幸せを掴む。
目黒川沿いを早足で歩きながら、心はすっきりと晴れやかだった。
次週2月17日(金)配信予定
目黒での新生活に、思わぬ反応が…?