
靴と東京と私:ルブタンのレッドソールに宿るプライド。女の裏切りはいつの日も突然…
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—1月末日
巻頭ページの撮影で、寒さに震えながらカメラマンと共に映像をチェックしていると、普段は現場に来ないはずの愛子が差し入れと共にやって来た。
ニュースで、“都心でも雪が舞う”と言っていたが、特に寒い朝だった。そんな日に限って何で来るんだ...と思いつつ、何を言われるのかと不安になり心が更に震撼する。
「これ4月号の巻頭ページって分かってるわよね?何でこんなに地味なの?モデルのチークの色味、もっと強くして。あとファッション誌の編集者として、そんな格好でよく現場に立てるわね。」
いつも以上に嫌味が炸裂している愛子の視線は、私の足元に一心に注がれている。この日は撮影が続くため、UGGもどきのフラットシューズを履いていた。
ふと愛子の足元に目をやると、シャンパンゴールド色が美しい、クリスチャン ルブタンの9cmのピンヒールだった。
「編集者として、プロとして自覚はないの?この寒空の下、演者(モデル)が薄着で頑張ってくれているのに、自分だけ楽しようとしてない?脳がないならせめて体力くらい使いなさいよ。だからあなたは永遠に不毛なのよ。」
愛子の嫌味に負けず、一生懸命頑張って来たつもりだ。何でそこまで言われないといけないのか... 悔しさと恥ずかしさで、自然と涙が溢れ出る。ふと空を見上げると、東京の空には粉雪が舞っていた。
女の裏切りはいつの日も突然に
「愛子さんって何であんなに嫌な奴なの?だから一生独身なんだよ!」
入稿が終わり、『ラス』で同僚の美奈子とシャンパンとワインのペアリングコースを頼み、上機嫌になっていた。上司の愚痴は、同期に発散するに限る。
「でもさ、私噂で聞いたんだけど...愛子さんって元々冴えない編集部員で有名だったらしいよ。」
「え、そうなの!?」
頭のてっぺんから爪先まで、1ミリの隙もない、完璧な愛子を思い出す。どんなに仕事が早くても(遅くても)彼女が乱れているのを見たことがなかった。
「なのに、入社二年目に編集長との情事で、地下の倉庫部に飛ばされたんだって...」
女同士の噂話は何と楽しいものだろうか。これ以上の酒の肴はない。
しかし美奈子の一言で、酔いが一気に冷めた。
「あと沙織には言いにくいんだけれど...新会社の、美容雑誌の副編集長として来ないかってオファーが来て。会社も移ろうと思ってるの。」
「え、それって...」
その話は、二ヶ月前に自分の方にオファーが来ていた話だった。しかもその話を美奈子にした時、 “会社を裏切るなんて信じられない”と言われ、諦めたのだ。
ふと美奈子の足元を見ると、黒のショートブーツの裏から、クリスチャン ルブタン特有のレッドソールがチラリと見えた。
美奈子は、いつの間にか大きくサイコロを振り、次のステージへと駒を進めていた。気がつけば、自分だけが同じ升目で立ち往生していた。
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