社内のラウンジでコーヒーを飲みながら、華子の頭の中では同僚たちが放った冷たい言葉が繰り返されていた。
「調子に乗っている」なんて、どうしてそんな事を言われなければならないのか。今まで、敵は越野部長だけだと思っていた。だが、そうではなかったのだと知り、華子は愕然とした。
―席に戻りたくないなぁ。。。
肩を落として落ち込んでいると、聞きなれた声で名前を呼ばれた。
「華子さん」
振りかえると、越野部長が腕を組んで仁王立ちしていた。
―ヤバい、怒られる。
反射的に立ちあがると、部長はコツコツとヒールを鳴らして近づいきた。
―あ、『JIMMY CHOO』だ。
華子はドキドキしながらも、近づいてくる靴を『NOREN NOREN』で見たことを思い出した。それと同時に、小さな違和感も覚えた。
「華子さん。女たちって、どうしてあんなに無防備なのかしらね」
越野部長はそう言って少女のようにクスリと笑った。その笑顔に戸惑う華子にはお構いなしに、彼女はさらに続けた。
「女なら、女から嫉妬される事を喜びなさい。大げさだけど、私は何かを差し出してでも、女たちからの嫉妬を買っていいと思っているわ。お手洗いでヒソヒソ変な噂話をされるのなんて、嫉妬の典型よ」
越野部長はいつも以上に凛とした表情で言うと、両方の口角をキュッとあげて歩き去っていった。
―名前、呼ばれた!
越野部長から「ちょっと」や「あなた」としか言われなかった華子だが、この時初めて名前を呼ばれたのだ。そのことがあまりに嬉しく、何を言われたのか忘れてしまうくらい浮かれていた。
広報局の一員として認められていなかった自分がようやく認められたような、そんな気がしたのだ。
それから数日後、伊原とのデート当日の朝。華子は『FOGAL』のストッキングに足を通して、準備を整えた。
定時で仕事を切り上げ、春の気配を感じながら軽やかな足取りで外苑西通りを歩く。まさか、社内で人気の男子社員とデートに行くなんて、半年前の華子には考えられなかったこと。
―デートなんて、最後に行ったのはいつだっけ。
伊原に誘われてから今日までの数日間、気付けば伊原の事を考えている自分がいた。それまでは何とも思っていなかった相手だが、菜々香に「完全にデート」と言われた途端急激に意識するようになってしまったのだ。
―今日ばかりは会社での憂鬱な出来事は忘れて楽しもう。
そう思いながら、華子は少しだけ歩を速めた。
▶Next:3月2日木曜配信
最終回:伊原とのデートは、意外な結末を迎えることに……!
華子が『NOREN NOREN』で買ったストッキングはコレ!
FOGAL 138N OPAQUE(カラー:1130 taupe) ¥5,940(税込)
■衣装協力:白カーキストライプシャツ¥18,000 黒ドローコードスカート¥19,000(ともにボッシュ/東京スタイル03-6748-0336)黒パンプス¥17,000(ワシントン/銀座ワシントン銀座本店03-5442-6162)ネイビーニットカーディガン¥17,000 ブルースキッパーシャツ¥13,000 青白ストライプパンツ¥21,000(すべて22オクトーブル03-6836-1825)ベージュパンプス¥15,000(ワシントン/銀座ワシントン銀座本店03-5442-6162)白インナー<スタイリスト私物>