「なんか、スーツ臭うよ……?」
待ち合わせ場所から一緒にレストランへ向かう途中だ。並んで歩いていると、顔を曇らせた麻衣に言われたのだ。
「汗?焼き肉?タバコ?何のニオイかわかんないけどとにかくクサイ!」
忘年会続きの辻は、並べたてられたニオイの原因すべてに思い当たるフシがあり、返す言葉がなかった。
―年末のバタバタで、スーツをクリーニングに出す時間なんてないんだよ……。
責められるだけならまだ傷は浅かったが、麻衣は辻にとどめを刺すように鼻をつまんでしまった。細い指で筋の通った鼻をつまみながら、まるでゴミでも見るような扱い。
それまで、食事会に行けば手ぶらで帰ることはなく、多くの女性と浮名をながしてきた辻。女性からここまで嫌悪感をむき出しにされたのは、後にも先にもこの時だけ。
あまりのショックに誰にも言えないほど落ち込んでいたが、小倉と二人で飲みに行った時、酔った勢いで相談してみた。
案の定、小倉には大笑いされたが笑い飛ばしてもらってスッキリもした。そして小倉はしばらく笑った後、辻に『ファブリーズMEN』の事を教えたのだった。
「実は、俺もベッドがクサイって、逃げられた事があるんだ」
その発言に辻は食いついた。
「まさか俺も、スーツだけじゃなくベッドもクサかったりして……?」
辻の脳裏を、恐ろしい予感が駆け巡る。小倉はすかさず答えた。
「あり得るぞ、気をつけろ。クサいって言う時の女性のあの冷めた目は、まるでメドゥーサだよな。一瞬で男を石にする」
辻は小倉の言葉に大きく頭を上下に振り、同意を示した。こうして男たちは、ニオイが原因で女性から虐げられた過去を分かち合い、忘れられない夜となった。
彼女へのリベンジ!判定はいかに?
翌日、辻は早速ドラッグストアに掛け込み『ファブリーズMEN』を買うと、スーツはもちろん小倉のようにベッド、ソファー、カーテンとあらゆるものに吹きかけた。
ゴミのような扱いを受けたデートから数日後、辻は満を持して麻衣を誘った。
「この前ショックだったんだよ。今日は、どうかな……?」
正直に聞いてみた。
麻衣は人目を気にせず辻の胸元に鼻を近づけ、クンクンとニオイをかいだ。