あいつ、会うなり「白髪増えたな」なんて笑いながら言うんですから、本当に感じ悪いですよね。ただ、確かにあいつは、昔とあまり変わることなく若かったですね。
組織にいる人間と、組織から出た人間。両者の間に流れる時間は同じでも、体感する時間の流れが大きく違うのかもしれません。
僕は、嫌なことも理不尽だと思うことも、歯を食いしばって耐えてきた。拓哉は一か所にこだわらず、自分が自分らしくいられる場所に移動を続けている。渋谷から始まり、蒲田に広尾まで……。全部聞きましたが、忘れてしまうほど引っ越しをしていた。今は、二子玉川で奥さんと一緒に雑貨屋を経営しているというのだから、なんとも自由な人生ですよね。
今にして思えば、拓哉はそうして自分を奮い立たせていたのかもしれませんね。
「住む場所が人をつくる」という言葉があるように、少し背伸びした場所に住むことで「この街に似合う自分になるんだ」って。
なんでもソツなくこなす奴だと思っていましたが、実はもがいていたのかもしれません。
僕にとっての”最高峰”はたったひとつ、役員の椅子ですが、拓哉の”最高峰”は、ひとつにこだわらずその時々で変化しているのでしょう。器用なあいつらしいですよね。
今の僕には、拓哉への嫉妬はもうありませんが、そんな生き方もあるんだなあと
ただ感心しています。どこまでも器用な男だなって。
話がそれてしまいましたが、飛行機に乗って赴任後の事を考えると、期待が膨らむばかりです。仕事のこと、向こうでの生活のこと……。
何といっても社長ですからね。
コンゴの時と違い、花形の赴任地ですから、気分もあがります。
今回の駐在については、妻の加奈も息子も手放しで喜んでくれました。
12歳の息子はインターナショナルスクールに入学予定です。きっと僕以上にヨーロッパ生活を楽しむことでしょう。
さあ、ちょっとひと眠りしようと思います。
目覚めればそこはデュッセルドルフ。空港には迎えの車が来ています。
新しい部下たちに会った早々、疲れた顔は見せられませんからね。
◆
―この時、僕はまだ思いもしませんでした。人生ゲームの結末が、あんな事になるなんて。
次回10月21日(金)最終回
54歳になったタカハシ。彼は目指す地位を手に入れたのか?!”あんな事”とは一体……?!