出版社勤務だった修二が中目黒を選んだ理由とは?
山手通りを池尻大橋方面に進み、中目黒駅を越えて右折すると彼の家に着いた。上目黒1丁目、目黒川沿いにある10階建てのマンションだった。近くには有名なチーズケーキ屋『ヨハン』やイタリアンレストラン『バッチョーネ』があり、閑静な住宅街ながらも街としての賑わいも残している。
彼の部屋は4階だった。間取りは1LDKで、10畳ほどのリビングからは桜並木が見下ろせる。目黒川沿いで駅から徒歩5分圏内、この立地だと家賃は20万円ほどだろうか。
彼は、24歳で銀座にある出版社に転職したときから通算で10年以上、中目黒に住んでいるという。この地を選んだのは、日比谷線で銀座まで1本で行けるので通勤に便利だったから。あとは、業界の人間が多いお洒落な街というイメージがあり、銀行員時代からの「憧れの地」だったらしい。
10年以上中目黒に住んでいるが、目黒川沿いに住むのは初めてだという。
「若い頃は一切気にしなかったんだけどね。川とか木とか、自然を感じたくて。早く桜が見たいな。」
ふと寂しそうな顔を見せる。広告業界に多い、業界人風な陽気な雰囲気から一転、家に着くと途端に表情が緩む。修二の本心を垣間見た気がした。
癒えない修二の傷にレイナが願ったこととは?
家の中は、モノで溢れ返っていた。システムキッチンのカウンターは、ワインの空き瓶でいっぱいだ。レイナが思わず凝視すると修二は言った。
「実は3ヶ月前に離婚してね。それと同時にこの家に越してきたんだ。」
思わず耳を疑った。しかし、よく考えてみれば彼も42歳。一つもバツがついていない方が不自然なのかもしれない。
「相当ダメージ受けてさ、飲めもしない酒を毎日飲んでる。」
ワインを飲みながら、テーブルにある「GRAS」のランプを点けた。家一軒分だという時計のコレクションの品々を見せてくれた。散らかったその部屋に、時計だけは専用の箱に綺麗に収納されている。自動巻きの時計は、専用のワインディングボックスに保管されていた。
フランク・ミュラーの初代モデル、オーデマピゲ、ジャガー・ルクルト、ゼニス、パテックフィリップ。オメガのコンステレーションはアンティークのものが何本もあった。
それでも最近の一番のお気に入りは、と彼が得意気に見せてくれたのはグランドセイコーだった。
「やっぱり、最終的にはこれに落ち着く気がするんだよなぁ。」
満足気に、でも少し寂しそうにそうつぶやく。
空き瓶で溢れかえったキッチン、10畳ほどのリビングの窓にそびえ立つ桜の木。そして、専用の木箱でひっそりと時を刻む時計たち。
彼の心の傷が癒えるのはいつなんだろう。
飲みすぎてソファでうたた寝をしてしまった修二にそっとブランケットをかけ、家を後にした。
金曜日23時の中目黒はまだまだ人で溢れ返っていた。修二がこの賑やかな街を離れないのも、分かる気がした。
-桜が咲く頃には、どうか修二の心の傷が癒えていますように。-
柄にもなく神頼みをして、タクシーで帰路に着いた。
次週9月16日金曜更新
レイナが次に出会うのは、どの街に住む男?
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この記事へのコメント
でも意外にそういう人って仕事できるんですよね
「俺ってスタイリッシュ!俺のことデル・ピエロって呼んで!」の発言は若かった私には余りにも衝撃的過ぎました。