野心のゆくえ:失敗を糧にできるかの分かれ道。10年後を見据え、33歳が今やるべきこととは
スクールに女性の割合は少なく、ただでさえ保奈美は目立つ存在なのに、彼女は整った顔と華やかな雰囲気を持っているため余計に目立ち、男たちからの視線を集めていた。翼もやはり、彼女の事が気になり、話しかけるタイミングを伺っていた。
ある日、学校が終わり駅へ向かっていると彼女の姿が見えた。チャンスとばかりに、翼は歩きを速めて彼女に声をかけた。その時分かったのだが、彼女はとにかく気が強かった。話し方は早口で刺々しく、冗談を言ってもぴくりとも笑わない。
見た目とのギャップに衝撃を受けながら、翼はがっかりした。それ以来、保奈美の事を知れば知るほど、彼女への好感度は下がっていった。彼女は勝気で自己中心的で相当な負けず嫌いということがよく分かったのだ。
特に、翼とは同い歳だからか、他の人よりも1.5割増しぐらい強く当たられ、何かというと敵対視されているよう感じるのだった。翼は大人気ないとは知りながらも、保奈美に対して「そっちがそんな態度とるなら、こっちだって……!」と思わずにはいられなかった。
優香と別れて以来、恋愛に割く時間はほとんどなかった。保奈美の事を一瞬だけ良いなと思った以外は何もなく、食事会に誘われることがあっても断っていた。これから2年間のMBA留学を控えているのだ。下手に誰かと付き合って、遠距離がどうのこうのと悩みたくもない。
優香は、翼と別れた現在は結婚して一児の母になっているらしい。彼女には本当に悪いことをしたと反省している。だがもしこれから先、誰かと結婚するなら自分が最悪な状況の時にこそ、側で支えてくれる女性にしよう、と翼は固く決めたのだった。
そうして無我夢中な毎日を過ごしていると、あっという間に時間は流れた。
◆
―ついにこの日が来た……―
成田空港に立つ翼は、希望に溢れていた。まさにこれから、MBA留学に向けてアメリカへ旅立つのだ。
絶望の淵に立ったあの日から約3年。翼は、悔しさをバネにここまで来た。勉強に夢中になればなるほど、自分の未来が変わっていく実感があり、10年後の自分の姿が楽しみになった。
会社の最終出社日は、砂田から銀座に呼び出され言われるままついて行くと、ダイナースクラブの銀座ラウンジへ連れて行かれた。そこはまるで、プライベートカフェのような空間だ。
「店の予約まで、時間あるから。」
そう言って、砂田はラウンジの入り口で黒いカードを見せていた。その様は完璧なくらいスマートだ。
―そのカードって、もしかして……?―
「しばらく会ってなかったけど、最近はどうだ?」
「相変わらず忙しいんですが、この前は息抜きのために、ダイナースクラブが主催するワインイベントに行ったんですよ。ワインの奥深さを知れて良かったです。産地や品種のことなんか、知り始めると面白いですね。時間なかったんですが行って良かったです。」
カードの事を聞こうとしたら、砂田に話題を振られてタイミングを逃してしまった。そのまま砂田との話は尽きることはなかった。
予約の時間になるとレストランへ移動し、酔いのまわった翼が将来への希望を大真面目に語ると、彼は少し呆れながら言った。
「あの時のお前は、このままドロップアウトするかと思ったが、やっぱりお前、ウザいぐらいポジティブだな。」
その日、食事が終わり支払いを済ませる時に、砂田はニヤリと笑みを浮かべて言った。