「代理店女子」としてのプライドを揺るがす、同期の告白
あれから3年。
精一杯仕事を続けていたら、あっという間に20代最後の年になった。
もう、後戻りできない年齢。このまま代理店女子を続けるのには迷いがあるが、新しい挑戦はもっと辛い。
PCの前で黙々と作業をしていると、気づけば時刻は21時。今日最後の社内打ち合わせがある。そう、広告代理店では時間に容赦なく会議が始まるのだ。
明日は社運を賭けた競合プレゼン。年間数十億の扱いをかけたプレゼンとあって、いつもは和やかな打合せもぴりっとした空気が漂っていた。こんな時、マリアは、いつも以上に明るく振る舞うよう心がけている。
「今回負けたら、やばいよなあ・・・」
「何言ってるんですか先輩! このチーム、本当にベストメンバーだと思っています。絶対勝ちましょう!」
内勤のモチベーションコントロールも、営業の大切な仕事の一つ。内勤がプレイヤーならば営業は監督。不安な顔は見せられない。
会議室を出ると、時刻は22時半を回ろうとしていた。デスクに戻り今日最後のメールをチェックすると、隣の席に座る同期の柳沢からメールが。
「残飯、どう?」
※残飯(ざんめし):残業で残った人たちでさくっと行くご飯のこと。
同じ営業部に所属する柳沢とは、入社試験の最終面接からの腐れ縁で、こうして時々残飯を食べる仲。代理店男子の肩書きをフル活用した甲斐あってか、読者モデルとゴールインしたばかり。新しい命がもうじき誕生する。
さすがにコンペ前夜に飲みに行くのは気が引けたが、お腹は空いていた。フロアの先輩たちに悟られぬよう、行きつけの中華『鴻運』に向かった。
新橋の数ある中華の中でも、ここはマリアのお気に入り。茄子の素揚げは絶品だ。マリアはスマホのカメラで写真を撮ると、最近始めたばかりのInstagramにアップした。
まずはハイボールで乾杯。ぐびっと最初の一飲みをするや否や、柳沢が切り出した打ち明け話に、思わず咳込んだ。
「転職って!そんな急に?」
柳沢の話によると、学生時代の友人が立ち上げたベンチャー企業からヘッドハンティングの打診があったそう。
20代で既に人生の幸せを手にしたというのに、代理店男子という保証ある肩書きを捨て、新しいビジネスに挑戦しようとしている。
私が必死でしがみつく「代理店女子」というプライドが、やけにちっぽけに感じた。私はこの先どうするのだろう。
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