「明子ちゃんは、あんまりお酒は飲まないんだよね?」
「2杯くらいは飲めると思います。飲めないというより、今まであんまり飲む機会がなくて、自分じゃ頼み方がわからないんです。飲まず嫌いかもしれませんね」
「じゃあ、お酒の美味しさに目覚めたらすごい酒豪になったりして(笑)」
やっぱり話しやすい人でほっとした。婚活中の身としては、こういうまともそうな男性との出会いを見逃すわけにはいかない。
26歳で婚活してるって言うと、周りの女友達からは「早い!」と言われるけれど、自分の気分としてはもうアラサーなのだ。私は堅実で行動も早めで、小学生のころから夏休みの宿題だって7月中に終わらせてきた。
見た目に自信があるいまのうちに、条件のいい男性を射止めたい。大学生のころから、読者モデルとしてよく声はかけられる。目の大きいタヌキ顔をかわれ、“愛されメイク”特集によばれることもしばしば。
色白で、肌、髪、身体はキレイな方だと思うし、それが男性に見られていることも知っている。だからヨガやお風呂には時間を惜しまない。
「もし平気なら、このスパークリングワインを一杯試してみる?」
そう西野さんが提案してきたのは、“チンザノ アスティ”というお酒だった。
「スパークリングワイン?」
「そう、イタリアのね。ちょっと甘口で普段飲まない人でも飲みやすいと思うよ」
「私、試してみたいです」
西野さんがそのお酒を注文すると、店員さんが目の前でポンとボトルを開けてくれた。
「パーティーっぽいですね(笑)」
「でしょ。泡ってそれだけで楽しくなるんだよね」
はじめグラスに鼻を近づけて、その香りをかいでみた。
「え、香りからして甘い!この香り、何だったかなあ…」
「マスカットみたいじゃない?」
そんな会話をしながら、西野さんは、自然とグラスを重ねてきた。
「乾杯! イタリアだと“チンチン!”とも言うんだよ」
「チンチン??」
「そう、このお酒なら、“チンチン、チンザノ”って軽快に」
「今日は初めてのことだらけ…」
私は恥ずかしくて小声だったけど、「チンチン」と言って乾杯をした。そしてひと口飲んでみて、これまで経験したことないお酒の味に驚いた。
「美味しい〜! 本当にフルーツみたいな甘さを感じる。これは女の子が好きな味!」
「よかった。マスカット種で作っていて、アルコールもそんなに高くないから、明子ちゃんでも大丈夫だと思った」
「私、このスパークリングをもう一杯飲みたいな」
「まだひと口しか飲んでないでしょ(笑)」
でも本当にそう思った。このスパークリングなら女子会でもみんな喜びそうだし、タルトとかケーキにも合いそう。
「私、本日デビューしたかも」
「え? お酒に?」
「はい、今までも本当は飲む女性が羨ましかったんです。仲間内で飲もうって集まりやすいし、私が行ったとしても飲める人に気を使われちゃう。みんなでワリカンする時も“飲んでないから少なくていいよ”って言われるし」
それはありがたいけど、なんだか疎外感があるのだった。
「お酒の失敗がないのは羨ましい(笑)」
「一度もないです。でも、飲む人の方が大人の女性に見えるしノリもいいって思われる。それに…、お酒を飲んだ方が自分の殻をやぶりやすくなりそう。より本音が話せて仲良くなれそうというか」
これはデートする男性に対していつも思うことだ。飲まない女の子といても物足りないんじゃないかなって。
「西野さんも、お酒を飲む女性の方が好きですか?」
「そんなことないよ。飲む人でも飲まない人でも、その人が美味しそうに食事をしてたら僕は楽しいよ」
「よくお酒を飲まない人は食の楽しみが半減してるって思われがちだけど、そんなことないんですよ。ビストロではペリエ飲んだり、焼肉には烏龍茶飲んだり、楽しんでいるんです。だから、例え私が飲まなくてもお酒が好きな男性には気持ちよく飲んでほしいな」
「じゃあお言葉に甘えてもう一杯(笑)。まだちょっと緊張してるから飲んじゃうね」
緊張…。女性に慣れてそうなのに上手いこと言うな。でも実際、デートでは相手が飲んでくれた方が私は気楽。もしも深い関係になるとしても、相手がホロ酔いくらいの方が、こちらとしても行きやすい。自分がシラフでも、甘えやすくなる。
私たちは、お酒の話をしながらお酒を飲み進めていた。私は1杯目を飲み干して、2杯目をおねだりしてしまった。
「調子でてきたね」と笑われたけど、その通りだった。お酒を2杯以上飲んだのは本当に久しぶり。ステーキも美味しくて、その日は久しぶりにホロ酔いになって大人のデートをした気がした。