今日会えるイケメン店員 Vol.4

タクシードライバーから経営者に上り詰めた野球大好き店長の復活劇!

昼は草野球大会の運営、夜は野球バーの店長で野球三昧の毎日

飲食店がズラリと立ち並ぶ目黒の権之助坂にひっそりと佇む隠れ家的バー「球音」は、この界隈では珍しい野球のナイター中継が楽しめるスポーツバーだ。

今回紹介するのはこの店のイケメン店長、須永俊さん(34歳)。

趣味は?と問いかけたら、「ダンス」や「ダーツ」と返ってきそうな、いかにもイマドキなルックスだが、実際はバリバリの体育会系の野球っ子。

「まるで球場にいるような臨場感でナイターを観戦できるような店を作りたい、そういう思いでこのお店を始めました。家のテレビではなかなか観られないメジャーリーグの試合も放映しています。球場で響く“シュッ”というボールの音までしっかり聞こえるように、店内は音響設備にもこだわっています」

この野球観戦好きにはもってこいのバーは、クラフトビールから焼酎、ウイスキー、カクテル各種と飲み物も充実している。3階の店内に向かう階段の壁には、国内外各チームのユニフォームや、帽子が並べられている。

夜は毎日この店に立っている須永さん。その傍らで昼間は、関東最大級の草野球大会の運営をしている経営者でもある。

「社会人向けの軟式野球の大会を運営しています。社会人チームや、大学生、元プロ選手が所属するチームまで、現在では約400チームがエントリーしています。今年で6年目になるんですけど、始めた頃はかなり小規模からのスタートで、最近やっと形になってきたって感じです」

野球が嫌いになった高校時代、人生初の挫折を経験

昼も夜も野球と向き合っている須永さん。やはり小さい頃は野球を?

「そうですね、小学2年生から高校までは野球ばっかりしていました。中学のとき、所属していた横浜の緑東というチームで、シニアリーグ全国優勝を果たしました。あの頃は絶対野球選手になってやる!と思っていました。実際、実際そのときのチームメイトや友人は何人かプロになっています」

そんなに打ちこんでいた野球を、どうして辞めてしまったのか?

「中学時代は本当に素晴らしい指導者や野球環境に恵まれていました。それに比べて高校時代はモチベーションを維持することがなかなか難しい環境でした。

転校なども考えましたが、いま思えばどこに行ってもうまくいかなかったと思いますね。当時の自分には、諦めずに努力し続ける才能がなかったんだと思います」

中学時代は1番ショートして活躍していた須永さんには高校から複数のオファーが来ていたそう。希望の高校に進学し、順風満帆に見えた野球人生はいきなり幕を閉じることになる。

充実していた毎日とは一変し、その後は坂道を転げ落ちるように堕落していく。

「まさに暗黒時代でした。急に野球がなくなって、何をしたらいいのかわからなくなって。友達とつるんで、ただひたすら時間を消耗していました。特に大学時代は最低でしたね。

当時カラオケ館でバイトしてたんだすけど、夜中に仕事が終わったらそのまま飲んだくれて、友達の家でゲームやって、気づいたら『笑っていいとも!』が始まっていて。少し寝てまたバイトへ、みたいな繰り返し。学校にも行ってなかった。いま思えば親にものすごく心配かけた時期でした」

自分がこうなってしまったのは野球のせいだ。一時は野球を嫌いにもなったそう。野球を続けていたまわりの友人たちの活躍を見ているのも辛かった。かといって「これだ!」とピンとくるものも、ほかに見つからなかった。

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