2016.03.07
文具の品格 Vol.1都会の営業マンは、誰しもがファイター。磨き上げられた革靴、皺のない上質なスーツ、小洒落たネクタイ、明るい表情にさっぱりとしたヘアスタイル、誰にも負けない商品知識、巧みなトーク術など――どれも一流のセンスやスキルが問われる。
そんな世界の荒波に揉まれて挫折しそうになるなか、高級筆記具を「男の剣」にして、のし上ろうとする男がいた――。
その夜――25歳の大手保険会社の営業マン・森裕哉(もり ひろや)は、自室のデスクの前で、静かな喜びを抑えきれずにいた。
裕哉は、その日生まれて初めて購入した万年筆を早く触りたくてしかたがなかった。
まずは姿勢を正してデスクに向かう。ショッピングバッグから万年筆の入ったボックスを取り出し、目の前に置く。広げた手のひらよりもひとまわりほど大きいこの黒色のボックスは、落ち着いた艶と威厳を放ちながら、まるで宝石の台座のようにどっしりと佇む。
裕哉は鼓動の激しい高鳴りを感じ、深呼吸をする。
静かにフタを開けると目に飛び込んでくるのは、モンブランというブランドの万年筆「マイスター シュテュック ソリテール ブルーアワー ル・グラン」。17万6000円也。アメリカン・エキスプレス・カードで一括払いという奮発ぶりであった。
裕哉が聞いてしまった、女性社員たちからの意外な評判
事の発端は、その日の昼休みにあった。裕哉の会社には社員食堂があり、外せない予定がない限りなるべく利用するというルールがあった。
この日はもともと昼の接待の予定が入っていたが、相手方の都合でキャンセルとなっていた。予定を変更して社食で一人食事をとっていた裕哉は、事務職の女性社員たちの会話を偶然、聞いてしまったのである。
「そういえばさぁ、見たことある? 森さんが手帳書くときに使ってるボールペン! あれだけスーツキメてるのにびっくりしちゃった」
「あ、あたしも前から思ってた。いくら便利だからって、150円位のフリクションはない」
「顔も服装も別に悪くないし、成績もいいのにもったいないよねー。営業なのに、それだけで、仕事できなさそうに見えちゃう」
――思ってもみなかった身内からの自分への悪評にショックを受けた裕哉は、持っていた箸をトレーに落としてしまった。
次第にこみ上がる羞恥心にハッとして我に返ると、自分の顔が赤くなっているのがわかる。自分が彼女たちの視界に入っていないことを確認して、顔を隠すようにしながらフラフラと食堂を後にした。
毎週楽しみにしていたはずの、日替わり定食Bの塩鯖と大盛りライスを半分以上残したまま、である。
営業マンとして、一人の男として。裕哉には譲れないものがある
営業マンは見た目の印象が重要である。その昔、強力な営業力を誇る、かのIBM社も、研究の結果「濃い青」がもっとも顧客に訴求する色として、社員のスーツの色を義務づけたと聞く。
勿論裕哉はスーツや腕時計、革靴やビジネスバッグにはかなり気を使い、「嫌味にならないくらいの上質なモノ」を選んで身につけてきたつもりだ。顧客に貸す用のペンも、貰い物のパーカーというブランドのボールペンにしている。
しかし――自分用のペンには、実用性以外のこだわりを全く持ってこなかったのであった。
そして裕哉は気付いた。なによりのダメージは、気になっていたひとつ年上の美人社員・安浦千佳に、「仕事できなさそうに見えちゃう」と言い切られてしまったことだったのである。
エントランスのソファで途方に暮れていた裕哉であったが、数分もすれば冷静になってきた。そして、「フットワークの軽さ」と「レスポンスの早さ」をウリにしてきた彼の営業魂に火が付く。
今12時45分。14時のクライアントアポまで、今行けば往復差引して35分は使えそうだ。
――そう思ったころには、裕哉はもう走り出していた。
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