慶應ガール、29歳 Vol.2

慶應ガール、29歳:このまま秘書でいいのかな。独立を迷ったあの頃 → 今は女社長

大学時代「慶應ガール」と呼ばれ、華やかなイメージを持たれていた慶應卒の女性。同じ三田キャンパス出身でも、卒業後の進路は十人十色。

しかし、29歳という年齢が一つのターニングポイントであるという点は共通している。彼女たちの前にいくつもの選択肢が広がるが、同時にそのいくつかを選択しなければならないタイムリミットが迫る。

今週は、まさに29歳で転機を掴んだ慶應ガールを紹介する。

<今週の慶應ガール>

氏名:瑛子
職業:自営業
出身:福岡県
学部:商学部
高校:慶應義塾女子
年収:約2,000万円
住居:芝公園のマンション
家賃:25万円
趣味:Hulu鑑賞
恋人:特定の彼氏は現在いない。

29歳。秘書のままでいいのか、悩んでいた。


一足先に桜咲く二月末日の芝公園での撮影を終え、瑛子は芝プリンスホテルのラウンジで、自らの29歳の頃のことを振り返ってくれた。

福岡出身で高校から上京して、慶應義塾女子校へ進学。大学では商学部へと進み、卒業後は官公庁の秘書職に就いた。自身の資質を“社交性と気遣い”と捉え、秘書職が向いているのではないかと思ったそうだ。

その後、ブティック系投資銀行を経て政府系投資ファンドへと転職。秘書としてのキャリアを積み上げていく。実際、思い描いた通り、秘書の仕事は自分には向いており、天職だと感じたという。政府系投資ファンド時代の29歳の頃は年収も800万円あった。秘書としては、かなり破格の待遇といえよう。

華やかな金融業界に身を置き、秘書という立場から業界を眺めてきた。しかしながら、ふと、自分はこのままでいいのか。もっとフロントの仕事もしてみたいと思い始めたのが、29歳の頃だったという。

取引先との会食で得た、独立のチャンス


そんな中、政府系投資ファンドの役員秘書として、取引先との接待会食の機会があった。秘書として会食場所を抑えるべく、当時は東京カレンダーを相当読み込んでいたという。

会食相手の社長は瑛子の人当たりの良さや頭の回転の速さに目をつけ、「ぜひうちに来ないか」と彼女を誘った。瑛子はすぐに答えは出さず、1年くらい悩んだのち、その社長からのオファーを受けた。しかし、転職ではなく業務委託契約を選んだ。当時は珍しかった、知財に特化したデューデリジェンスサービスのセールスだった。知財関連にもともと強かったわけではないが、このチャンスを活かすべく、必死に勉強したという。

独立後は他のクライアントからも仕事が舞い込み、M&Aの仲介なども手がけるようになった。事業は軌道に乗り、年収も秘書時代の倍以上になった。好調さを象徴するかのように、最近法人化したという。従業員はいないが、彼女は女性社長になったのだ。

ちなみに、彼女が、転職ではなく独立という道を選んだのは、祖父の代から経営者であったことも無関係ではないだろう。

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