東京いい街、やれる部屋 Vol.3

東京いい街、やれる部屋:東銀座在住CMプランナーの部屋はやはり...?

前回までのあらすじ

デートした男たちのライフスタイル研究が趣味の、保険会社営業職の奈々(28歳)。この連載では、過去に奈々が遊んだ様々な男性が選んだ街と部屋について、語らっていく。

今までに麻布台在住戦略コンサルタントや、京大卒のファッションセンスに難のある医者の部屋への訪問を振り返ってきた。

部屋の巧拙と男女の仲に、相関関係はあるのだろうか?



25歳の頃。銀座の焼鳥屋で始まる大人の付き合い


カウンターに座る二人の男女。男はプラダのブラックスーツにネクタイを緩め、整った顔にトムフォードの眼鏡をかけ、どこか会社勤めではなさそうな気怠い雰囲気を醸し出す。

対する女は、FOXEYのブラックワンピースにカーディガンを羽織り、袖からはカルティエの腕時計をのぞかせる。艶やかな唇に焼鳥を運び、白ワインを口に含む。北海道産のミュラ・テゥルガウのブドウを使用したこのお酒はハツの甘みを邪魔することなく、喉越しもよく口元を過ぎる。

東銀座、『たて森』。歌舞伎座近くにあるこの焼鳥屋は他の店ではあまり見ない国産ワインを取り扱っている。奈々はこの店のマリアージュセットで、新たなワインの美味しさを知ることもあった。当日予約が取りにくいという点を除けば、2人のお気に入りのお店の一つだ。

映画の話題だけで3時間以上話せる、代理店のCMプランナーの彼


「仕事で行ったヴェネツィア映画祭でも観たけれど、あの映像は何度観ても素晴らしいね。共同脚本のホナス・キュアロンの技術も素晴らしいし。彼が監督したショートフィルム「アニンガ」を観たけれど、編集も上手いなと思ってさ。ニューヨーク州にあるヴァッサー大学出身らしいけれど、ヴァッサー大学と言えば、アイビーリーグ並の名門大学。メリル・ストリープなどの女優も卒業していて、アン・ハサウェイも一時在籍しているし、どんなカリキュラムがあるのか気になるな。」

と、とうとうと隣で先ほど観てきたばかりの映画「ゼロ・グラビティ」の話を始める光弘。彼は、汐留の広告代理店でCMプランナー。東京大学文学部を卒業した彼は、「仕事の一部だから」と、寝る間も惜しみ、映画を観ている。この相手の反応も気にせず自分の趣味の話をし続ける性格。変に気遣わず接することが出来るところが、奈々は気に入っていた。

彼とは共通の知り合いのホームパーティーで出会った。互いの都合がつけば、映画を観て、その後は彼のお気に入りのレストランで食事をする。そんな関係がここ数年、続いていた。

社会人3年目。仕事のプレッシャーがのしかかる。


奈々は彼の薀蓄をBGMに、ワイングラスを眺めながら、今日の2件の生命保険契約を逃したことを振り返った。何がいけなかったのだろうか。

必ず取ってこいとプレッシャーをかけてきた上司の顔、同じチームの後輩の縋るような眼を思い出す。今月、奈々のグループはこの2件でどうにかノルマを達成できるかどうかという瀬戸際だった。

保険レディの仕事はそのイメージの軟派さに対し、様々なスキルが要求される。急な飛び込み営業にも耐えられる体力。職種・給与・家族・加入年齢・保険の組合せなど複雑な条件を確認した上で見積もりを出す事務処理能力。本契約までこぎ着ける精神力。上司のノルマ達成に対するプレッシャーに耐える鈍感力もこの仕事には必要だ。

奈々は、ルックスと愛想の良さだけではなく、巧みな話術を持ち、計算が速く正確で、何より機転が利く。仕事熱心になるにつれ、自然と成約数も増え、上司の期待も膨らんでいった。

毎月課されるノルマ分だけ案件をキープし、締日に合わせて契約を締結させ、個人ノルマは増やさずかつ怒られもしないというポジションで、緊張感なく仕事をしていた昔とは違った。

「今日どうする? 家、来る?」

光弘の問いにふと現実にかえる。今日の釈然としない悔しさを振り払うかのように、その誘いに頷いた。

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