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東京DINKS Vol.8

東京DINKS:遊びの恋を本気にさせた言葉、どうしようもない嫉妬が始まった夜



「凄かったね、風が出てきたり席が揺れたり!あんなの初めてだよー。」
MX4Dを体験した葵は、リップサービスの「初めて」ではなく、本心から初めての体験を喜んだ。

「ね、観に行って正解だったろ?」

喜ぶ葵を見て、太一は少し得意気だ。ストーリーについてはさて置き、ディズニーランドのアトラクションにでも乗った気分を味わい、東京一だと思うポップコーンを食べたことで葵は十分満足したようだ。

2人は映画館から階段を降りて、けやき坂通りに入った。『鉄板バンビーナ麻布十番本店』へ向かうのだ。西麻布の『うしごろ』が大好きな葵の希望で、今日は系列店のこの店を太一が予約していた。

けやき坂のイルミネーションを見た葵はうっとりし、他の恋人たちのように太一と腕を組んで歩きたい気分だった。だが、そんなことは決してしない。

酔った時には少しだけ手を繋いだり、ちょっと腕を絡ませることはあっても、さすがに素面の時にしたことはない。見られてはいけない人に見られた時に「酔ってたから、つい勢いで」なんていう免罪符が使えなくなるからだ。きっと太一も同じように考えているのだろう、2人で並んで歩く時はいつも微妙な距離と硬い雰囲気を僅かに漂わせている。

テレビ朝日の横を通っている時、車道を挟んだ向こう側に「近いうちに行ってみたい」と太一に言っていた『ジャン・ジョルジュ東京』が見えた。

ー鉄板焼きじゃなくてこっちでも良かったな…ー

店を見ながら葵がそんなことを考えていたら、見覚えのある男性がガラスの扉から出てきた。

ーえっ!石黒さん?うわ、女の人といるー

石黒とは、葵が会社で憧れを抱いている、40手前の独身男性だ。石黒の隣にいるのは、6年振りの再会を果たした愛子、そう太一の妻だった。

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東京DINKS

国内で360万世帯いるといわれる、意識的に子どもを作らない共働きの夫婦、DINKS(=Double Income No Kids)。東京のDINKSの生態を描いていきます。

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