「嬉しい!クリスマスにティファニーを貰うの夢だったの。でも、ティファニーって赤いリボンがあるんだ?」葵が潤んだ瞳で見つめてくる。
クリスマスシーズンはリボンの色をいつもの白か期間限定の赤のどちらか選べることを知らない、このスレていない若さ。そこにいつも太一は新鮮さを感じ、色んなことを教えたくなるのだ。
葵は太一にペリカンのボールペンを贈った。「家で使うようなものはプレゼントできないなと思って…会社で使ってね。」控えめにそう言う所が、さらにまたグッとくる。
葵は太一の友人が開いた飲み会で知り合った23歳。小柄で色白、清潔感あふれる女の子というのが最初の印象。
飲み会ではあまり言葉を交わさなかったが、帰りに皆でタクシーを拾う時、葵は恵比寿に住んでいて太一と同じ方向だからと一緒にタクシーに押し込められた。そこでお互い旅行好きということで話しが弾み、もう1杯飲んで帰ろうと盛り上がった。恵比寿のバーに入り、その流れで葵の家に行った。
「これはお持ち帰りをしたのか、されたのか、どっちだ?」なんて考えながら葵の家を後にしたのが始まり。それからは月に2〜3回、2人で会う関係が続いている。
クリスマスディナーを終えた2人は、真紅の通路を歩く。葵の首にはティファニーのネックレスが光っている。
「去年もここに来て思ってたんだ。来年のクリスマスは好きな人と来るんだー絶対!って」
恵比寿ガーデンプレイスに展示されている、バカラのシャンデリアを見上げて葵は言った。
常に落ち着いている愛子とは違う、葵のテンションの高さが太一には新鮮で、一緒にいると自分も20代の男に戻ったような感覚を味わっている。
シャンデリアに見とれているのか、葵が無言になった。
無言が続いて気になった太一が、葵の顔を覗き込もうとするのと同時に葵の口が動いた。
「私、生理が来てないんだ…」
◆
12月25日金曜日 21時。
愛子は会社の後輩、ユミ、アヤ、マイコのアラサーシングル3人を連れて、渋谷の焼肉屋『ゆうじ』にいた。
「ひょんなこと」から突然彼氏ができるかもしれないと言って、25日を空けていた3人だが結局「ひょんなこと」は誰にも起こらず愛子を含む女4人でテーブルを囲み、極上の肉を頬張っている。
「今頃はフレンチ食べながらワインを飲んでるはずだったのに!」ユミが嘆けば
「私はディナーから明日の朝食まで、彼とホテルに篭る予定だった…!」アヤが被せて
「私なんて、手料理作れるようクックパッド超チェックしてたんだけど!」マイコがビールジョッキを豪快にテーブルに置く。
「来年頑張りなよ。ね!」なだめる愛子の声は3人には届いていないようだ。
「それにしても、愛子さんって結婚してる感ゼロですよね。よく飲みに行ってるし、フットワーク軽すぎ。今日なんてクリスマスですよ?」アヤが愛子の顔を覗き込む。
「そお?ただ結婚前と同じスタンスでいるだけよ。私が美味しいものを食べたり飲んだりするのが大好きなことを分かってくれてるの。それに今日は向こうは会食が入ったらしいから。」
そう言ってトイレに席を立った愛子は、店を出ようとする数人の男性の中に懐かしい横顔を見つけて固まった。
20代の4年間を共に過ごした男、寛がそこに立っていたのだ。寛は愛子に気づくと、驚いた顔をした直後に駆け寄ってきた。
「愛子?愛子だよね?久しぶりだね。元気にしてた?」まくし立てるように寛が言葉を投げてくる。すぐに言葉が出てこない愛子に「ごめん、行かないといけないから」と言って名刺を取り出し、素早く携帯番号を書き足す。それを愛子に握らせると「連絡待ってるから」と言って慌ただしく店を出て行った。
久しぶりに見た、彼の名前。
懐かしい文字の並びを目にして一瞬心に風が吹き、愛子はどうしようもなく泣きたくなった。
この記事へのコメント