東京DINKS Vol.1

東京DINKS:結婚生活とシングルライフ。両方のイイとこ取りをする男女

「愛子、今日はどこか行くんだっけ?」

日曜日、限りなく正午に近い午前中。シャワーを浴び終えた太一は濡れた頭をごしごしバスタオルで拭きながら、妻の愛子に尋ねた。

近くのパン屋『トラスパレンテ』で買ってきたスコーンを食べていた愛子は、「そうだよ、明日香の家に行くから、2時には出るかな」と壁に掛かった時計を見上げながら返した。

つられて太一も時計に目をやり「じゃあ俺の方が早く出るね」と言ってテーブルに並べられたパンを吟味すると、いつものようにクロワッサンを選び、いただきますと言って食べ始める。

太一はクロワッサンを口に含んだままキッチンへ行くと、冷蔵庫から牛乳を取り出しグラスに注ぎ始めた。

「だから冷蔵庫のドアは一旦閉めてって言ってるじゃない」愛子が言うと「こんなの10秒で済むんだからいいじゃん。これくらいじゃ電気代はそんなに変わらないって」と笑いながら太一は答える。

結婚して何度この会話をしているのやら、と呆れ半分に愛子は口をへの字に曲げた。女は冷蔵庫のドアに厳しすぎると思いながら、太一は肩をすくめる。

10月で3回目の結婚記念日と同時に34歳になった愛子と、2歳年上の36歳になる太一は、子どもを持たない結婚生活を選んだ。二人のように意識的に子どもを作らない共働きの夫婦、DINKS(=Double Income No Kids)は国内で360万世帯を超えており、1980年代の後半、バブル期に大きく増加し、東京を中心に今でも緩やかに増え続けている。

愛子は産休、育休があるとはいえ、キャリアを中断することなく積み重ねて行きたいと思っていたし、子どもができて生活の中の時間や場所を縛られるより、夫婦2人の落ち着いた暮らしを望んでいた。

太一は旅行が好きで、大学生の頃から時間ができればバックパックを持って海外に出ていた。結婚しても海外旅行を楽しみたいと思っていたし、愛子と同じように自由に時間とお金を使えるライフスタイルを変えたくなかった。愛子に「絶対子どもが欲しい」と言われれば反対はしなかったかもしれないが、愛子も太一と同じように考えていた事を知り、それがプロポーズをするきっかけの一つにもなった。

二人は自他共に認める仲のいい夫婦だが、行動を共にすることは少ない。平日は各々外食を済ませてくるかデパ地下で自分の分の惣菜を買ってくる。タイミングが合えばビールで晩酌をしながら一緒に食べるが、相手の帰りを待つことはない。朝も夜も、同じテーブルでお互い違うものを食べ、異性の友人と食事に行くことに抵抗もない。

休日は夕飯を一緒に食べることが多いが、日中は一人で買い物に行くこともあれば友人と遠出をすることもある。友人との予定が決まれば報告はするが、行っていいかとお伺いを立てることはない。
違うメーカーの水を愛飲し、愛子はコントレックス、太一はボルヴィックを買っている。同じようにシャンプー、歯磨き粉、石鹸、タオル、醤油に至るまでそれぞれ自分用のものを持っている。

二人はシングルライフと変わらないスタンスで結婚生活を送りながら、結婚したからこそ得られる安らぎも享受している。仕事でミスをした夜は誰よりも心強い味方が「おかえり」と言ってくれる。太一も愛子も、落ち込んだ夜のその言葉に何度救われたことか。

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