リアル働きマン葉子!黒革の編集手帳 written by 内埜さくら Vol.16

リアル働きマン葉子!戦闘モードな仕事&恋愛に疲れたアラフォーが最後に選ぶのは?!

前回までのあらすじ

食雑誌である『月刊東京ウォーキング』の編集者・高嶋葉子(35)は、この道10年目の中堅、未婚、彼氏アリ。誠実で愛すべき 年下彼氏である橘 京太郎(28)は、年収320万円。

京太郎と連絡が取れないことで女の第六感が働いた葉子は手を尽くして連絡を取ろうとするが、京太郎の父親から「見合いで結婚させることにした」という、衝撃の話を聞かされる。

父親の嘘にまんまと騙されてしまった葉子は――!?

前回:リアル働きマン葉子!毎日13時間労働のさなか、想定外の妊娠……!

 京太郎が、見合いをして、自分以外の女性と結婚する――。

 彼の父親からそう聞かされた瞬間、葉子はわしづかみされて取り出された心臓が、氷水に浸されたかのような、鋭さを持った衝撃に襲われた。胸がこれまで経験したことがないほど鼓動を早め、その強い鼓動はめまいにつながった。

 京太郎が、見合いをして、自分以外の女性と結婚する――。

 心の中でそう、何度もひと言ずつ区切りながら自分に言い聞かせてみるものの、実感がわかない。涙も出てこない。叫び出したいほどの哀しみに遭遇すると、涙すら出てこない事実を、葉子は初めて知った。

 しかし、時は止まってはくれない。このまま出産すればシングルマザーになる人生が確定するが、それは自分が描き続けてきた、“東京で仕事をバリバリとこなし、結婚して子供もいるキャリア女性”の理想像とは大きくかけ離れている。だからといって、掻爬する気持ちにもなれないが、お腹の子供は日々、成長していく。3日ほど結論が導き出せずに思い惑っていると、葉子にさらなる試練が巡ってきた。

 葉子が仕事をオファーしたライターが“飛んだ”のだ。

  “飛ぶ”とは、仕事を請けて取材へ行ったのに、原稿を提出せず連絡が取れなくなってしまうことを意味する。編集者歴10年にして、葉子は初めての経験だった。

 ライターが“飛んだ”経験を持つ先輩編集者の教えに倣い、取材時に録音しているはずの音声だけでも受け取ろうと自宅を訪問したが、部屋はひっそりと静まり返ったままで、なかに人がいる気配はなかった。何度、電話やメールをしても、一度も返事すらこない。

 仕事を放り出す人間の気持ちを慮(おもんばか)っている余裕はなかった。取材させて“いただく”立場の取材班にとって、再度取材を申し込むというのは非常識極まりない事態のため、外部のライターに任せられる仕事でもない。結局、ライターに依頼済みだった8ページ分すべて取材し直すことになったが、掲載店舗がほかのページより多いその業務は、葉子に想像以上の体力を消耗させた。ライターに依頼せず自身が執筆を担当するページのほかに、ウェブサイトの記事更新の仕事も重なり、徹夜も強いられた。

 さらに、妊娠初期の精神が不安定な時期に、再訪した先々のシェフや店のオーナーから嫌みまじりに叱責され、気持ちを立て直すことすらできなくなっていく。

 もう駄目。限界――。

 妊娠していることを社内の人間に明かさず激務をこなしていたある日の朝、トイレで葉子は身体の異変を発見した。
少量ではあるが、出血していたのだ。

 ただごとではないと即、事態を飲み込んだ葉子は、編集長に午前中半休の許可を取り産婦人科へ駆け込んだ。女性医師からは、切迫流産――流産しかけている危険な状態だと診断された。

 絶対安静を言いわたされた瞬間、葉子は自分が働きマンという幻想に縛られすぎていたのではないか、という考えに思い至った。

 自分にとって仕事とは生きがいであり、自分が自分であるためのよりどころでもある。だからこそ、なにがあっても一生働くという不屈の精神で取り組んできたが、働きマンである以前に、自分は生身の人間だ。身体を壊すまで働いてしまったら本末転倒ではないか。

 それに、いまはお腹の子も、葉子にとってはかけがえのない存在になっていた。危険な状態に陥って初めて葉子は、胎内に子を宿す女性の性(さが)が自分のなかにもあったことを見出した。

 いまはしっかりと休んでこの子を産んでからまた、働きマンに戻ればいい。自分の歩むべき道がはっきりと見えたことで葉子の気持ちは晴れやかになり、編集長に事情を打ち明けて、体調が安定するまでは溜まっていた有給休暇を消化することにした。

有給休暇初日。休日とはいえ安静の身であるため、ベッドに横たわり読書をしていると、メール着信ランプが点灯した。

 才島からだった。

(今週の金曜、お時間ありますか。恵比寿に美味しい鉄板焼き屋を見つけたんです)

 金曜も有給休暇中ではあるが、いまは外出は最低限に抑えたい。葉子は丁寧に断りを入れた。

(すみません。貧血がひどいので、休暇を取っています。また今度)

 そう返すとすぐ、才島が電話をかけてきた。
「具合が悪いのに、のんきなメールをしてすみません」
「そんな……私、誰にも知らせていませんから」

「葉子さん、いまご自宅ですよね?」
 ええ、と葉子が答えると才島が安心したような声で言った。

「じゃあ今夜、ご自宅へ行かせてください。差し入れを持っていきます」

 葉子が妊娠を知らせようかとまどった瞬刻の間を、才島は、恋人関係ではない自分を部屋へ招き入れることに抵抗があると勘違いしたようで、笑いながら言う。

「大丈夫ですよ。具合が悪い女の人をどうこうしようと思うほど、僕は野蛮な男じゃありませんから」

 夜9時頃、30分だけお邪魔しますと、短時間の訪問であることまで伝えられて葉子は断る術を失い、電話を切った。

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