香港ガールの野望 Vol.2

極上男を掴みたければ、したたかな女になれ

―なんて、そんな「運命の出会い」が現実にあるわけないけどね…

シナリオ通りに進む展開に笑みをこらえつつ、マギーは丸ビルへと向かう裕二の後を追いかける。

「そういえば、足はもう大丈夫?」

相変わらず10センチほどのヒール靴を鳴らすマギーを気遣うように、裕二が問いかけた。

「はい、おかげさまで。お気遣い、ありがとうございます。」

軽く頭を下げて、微笑みながらお礼を述べる。「お礼」「お詫び」「おじぎ」―日本女子の振る舞いに欠かせない、3つの「オ」。初めて東京を訪れた時は、これらの動作を「多用」ならぬ「乱用」する日本人の振る舞いに心底驚いたものだったが、今ではマギーもすっかり使いこなしている。

「丸ビルの最上階にあるんだ」

そう微笑む裕二に続いてエレベーターへと乗り込んだマギーは、すかさず彼と向かい合うようにして立つと、押し寄せる人の波を利用して裕二の胃のあたりに自らの胸を押し付けた。

「裕二さん、いい香りがする」

燃えるように熱い鼓動を、体に感じながら。ゆっくりと顔を上げたマギーは、キスする5秒前の距離で裕二の目を捉えると、無邪気に微笑んだ。


「わぁ、おいしそう」

千代幻豚とフォオグラパイの香ばしい匂いに、マギーは目を輝かせた。

2人は、丸ビルの最上階に位置するレストラン、『ブリーズ・オブ・トウキョウ』にいた。無数のビルが宝箱のように輝き、窓側の席からは国会議事堂やスカイツリーも見渡せる。

「ごめんね、わざわざ丸の内まで足を運ばせちゃって…」

そう申し訳なさそうにこぼす裕二に、マギーは「ううん」と首を振る。

「また裕二さんと会えて、すごく嬉しい。夜景も本当にきれい…」

正直、100万ドルの夜景と呼ばれるヴィクトリア・ピークと比べれば大したことはない。だがそんな感想はおくびにも出さず、マギーはまるで初めて夜景を目にした子供のように喜んだ。

照れたように笑う裕二は、目の前で微笑む彼女が実は香港人で、マリではなくマギーであるということを想像にすらもできなかっただろう。それくらい、マギーの日本語は自然だった。

もちろん、ここまで話せるようになったのには訳がある。7年前、「日本人並みに流暢な日本語を話せるようになる」と決心したマギーは、それから1度も休むことなく週3で日本語学校に通い続けた。二千年の恋、やまとなでしこ、ランチの女王、恋のチカラ、美女か野獣…彼女が見たドラマを挙げればきりがなく、またどれも1度のみならず2度3度と繰り返し鑑賞した。特に2000年のヒット作、やまとなでしこは主人公の台詞を覚えてしまったほど。

「そういえば、裕二さん、お仕事のほうはどうですか?」

紅茶を持つ彼の手首に巻かれたロレックスを横目で見ながら、マギーはにこやかに問いかけた。

「おかげさまで、去年と比べて顧客が2倍近く増えたんだ。3年前、独立したばかりの頃は想像できなかったよ」

期待通りの返事に、ムスカルポーネのムースを味わっていたマギーの頬が緩む。

1ヶ月ぶりの2人の再会は、話が尽きることなく過ぎていった。


―あら、もうこんな時間…

気がつけば、もう時計の針が9時40分を指している。「すみません、ちょっと失礼します」と席を立ったマギーは、化粧室へと向かった。

そう、ここからが、勝負の夜のはじまり。

鏡の前に群がる女たちの間にすっと入り込むと、両側から注がれる冷ややかな視線に「スミマセン」と微笑み、さりげなくベスト・ポジションをゲット。

鏡に映る自分に笑いかけながら、お色直しは念入りに。ポイントは、「上品さ」よりも「華やかさ」。ライトブラウンの巻き髪に赤いリボンを飾り、唇はディオール999で限りなく艶やかに。勝負下着は、もちろん、燃えるような赤のレース。

―そう、何よりも大切なのは、目立つこと

仕上がりに満足し、ポーチをしまう。ふとショルダーバッグのポケットに目をやったマギーは、何かが足りないような気がして眉をひそめた。

―そうだ、パスポートがない…!

ショルダーバッグをくまなく調べ、化粧室も一通り確認したが、見つからない。

―もしかしたら、電車の中で落としたのかも…

とりあえず今は、これ以上裕二を待たす訳にはいかない。マギーは深呼吸をして心を落ち着かせると、席へと戻った。

「すみません、お待たせして…」

「これ、君の?」

パスポートに刻まれたHONGKONGの文字に、マギーは凍りついた。

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

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