「ふたりのニコライ」―作家・柴崎竜人の恋愛ストーリー Vol.4

泥酔スイッチが入ったオンナの恐怖 「ふたりのニコライ」第四話

前回までのあらすじ

高校時代、読書研究会というドマイナーな部活で世界を呪いながら学生生活を送っていた僕。社会人となり、ふらりと入った立ち飲み屋で再会したのは、高校のアイドル・大崎夏帆だった。
「僕はもう高校時代の僕じゃない、いっぱしの恋愛武士なのだ。よし大崎夏帆を口説き落としたる」と腹を決めたものの、双子の美女のどちらが大崎夏帆かわからない。そんななか、双子はブランデーカクテル・ニコラシカを飲みはじめ……

前回:美人の双子に挟まれて 「ふたりのニコライ」第三話

「小学校一年生になったら、あなたは友達を百人作ることを目標とし、その目標を達成するためのプランを幾通りもたて、なかでも費用対効果のもっとも優れた現実的なプランを選択し、さらに検討に検討を重ねて精度を高めたうえで自己責任をもってこれを実行し、出会ったばかりでどこの馬の骨ともわからない百人の他人と可及的すみやかに交友関係を結ばなければならない」

という主旨の童謡をご存知だろうか。
もちろん、知っていると思う。

なぜなら僕らは拒否する権利を持たされることのないまま、幼稚園でほとんど強制的にこの童謡を歌わされている。そしていったん歌ってしまえば、まだ一点の染みもない瑞々しい心に以下のことを刻みこまれることになる。即ち、

「お前は友達を百人作らなければならない、というか作れないはずがない、マジで作れないとかありえないしちょっとキモい、もし、万が一、万が一だよ? 友達百人作れないような奴がいたとしたら、それは俺らの社会に適合しない異分子であり、異分子は早急に見つけ出して磔刑に処し、丘の上に運んで人類の原罪をひっかぶってもらうべきである」

という強迫観念だ。まぁそのようなわけで、僕らは六歳となり小学校に入った途端、コンマ一秒でも早く友達を百人作らなければならないと懸命に社交活動を開始して、友達を作っていくことになる。この「童謡『一年生になったら』が諸悪の根源論」は巨匠の輝かしい研究成果のひとつだけれども、僕も全面的にこれに賛同している。

いやね、もちろん友達百人作れる人はいい。でも僕やあなたのような青春難民は、学校という小社会に第一歩を踏み出した瞬間にたいてい右足首を捻挫、もしくは剥離骨折している。そのため友達作りのために歩き回ることはできず、ごくごく自然な流れで、松葉杖をつきながら校舎の陽の当たらない場所を探して青春の暗黒面を歩いて行くことになる。「友達百人できるかな?」じゃねーよ、できねーよ、ばーかばーか、である。

というわけで、僕がなにを言いたいかというと、そんな我々が双子と会話する機会というのは惑星直列的な奇跡に近いってことだ。ただでさえ一般的に一卵性双生児の出現率というのは0.5%と言われているわけで、二百人友達がいたとしてもそのなかに一組いるかいないかというレアカードなのだ(あなたの人生の扉を何人の双子が叩いていったか思い出してみればわかるだろう)。
しかもそれが美人姉妹ともなれば、さらに確率は天文学的な数値にまで跳ね上がる超絶激レアカードとなる。百人の友達すら出だしでつまずいている我々にしてみたら、彼女たちはまるどれだけ課金してもシステム設計上のミスでガチャコンプできない最後の一枚に等しい。

だから、こんなことになってしまうのもしかたがない。つまり、

「で、どうなんだよ〜、え? お前言ってみろよ、元カノどんな女だったんだよコラ」

泥酔である。
ニコラシカを飲んだまでは、まだ良かった。
いや、むしろニコラシカが切っ掛けだったとも言える。モナコとニースはそれで勢いがついたのか、その後ヘネシーをロックで二杯飲んで「そういえば今夜まだワイン飲んでなくない?」などと言い出した頃にはすでにモナコの目は据わっていた。もはやまともにカウンターにも座っていられず、僕ら三人が奥のソファ席へと移動したのが十五分前だ。
顔色はすこしも変わらないものの、上半身は背骨を抜かれたみたいにぐにゃぐにゃで、比較的まともなニースの肩にぐったりとしだれかかっていた。袖のないワンピースの肩から紫色のブラジャーの肩紐がずり落ち、ニースが指摘すると面倒くさそうに二の腕を持ち上げて服の下にしまった。あまりにひどい酔い方に圧倒されて、ちょっとでも油断していたらそのブラ紐を見逃すところだった。ほんとうに危なかった。

「ほら黙ってないで言えよーニコライ! きゃははは」

「もういいじゃない、ニコライも困ってるし」

「教えろよ〜、『ふつうの会社員』とかお前の説明、なんの元カノ情報にもなってないじゃんよこのニコライ野郎!」

もういちど言おう、泥酔である。
ニコラシカの説明をしたあたりから、双子は僕のことをニコライと呼びはじめた。というかモナコにいたっては「ニコ・ライラライ」だとか「聖母たちのララバイ」だとか「岩崎宏美」だとか呼びだした。もういやだ、むちゃくちゃだ。

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