2015.09.05
「ふたりのニコライ」―作家・柴崎竜人の恋愛ストーリー Vol.2前回までのあらすじ
高校時代、読書研究会というドマイナーな部活で世界を呪いながら学生生活を送っていた僕。社会人となり、ふらりと入った立ち飲み屋で再会したのは、高校のアイドル・大崎夏帆だった。
前回:双子姉妹に征服された夜「ふたりのニコライ」第一話
モナコは大手電機メーカーで、ニースはIT制作会社で働いていた。顔と服装の印象からは、モナコのほうがやや活発で勝ち気に見え、ニースはおっとりとしながらも嫌なものは嫌と言えるだけの芯を持っているように感じた。
だがその違いもあくまでわずかな差でしかなく、僕がトイレから帰ってきたときに名前を入れ替えていたとしても、きっとすぐには気づくことができないだろう。
高校時代に大崎夏帆が放っていた神話の住人めいた強烈なオーラは二人ともなかったが、そのために角が取れ、人懐っこく気さくで話しやすい雰囲気を身に纏っていた。
いずれにせよ、二人が美人であることに変わりはなかった。
文化系の薄暗い部室で膝を抱え、青春の輝かしい嵐が通り過ぎ去るのをひたすら待っていた僕やあなたのような青春難民からすれば、美人ほど恐ろしいものはない。もし僕があの頃のままの冴えない高校生であったなら、この二人に飲み屋で声をかけられても、
「人違いだと思います、以前にも同じ名前で呼び止められたことがあるんで、ええ、だから違います人違いです、そもそも飲み屋で男の人に気軽に声をかけるようなチャラチャラした女性には知り合いがいないんで、と言うか、よくそんなことできますね。
僕なら写真付きの身分証明書を肉眼で確認して本人だとわかるまで昔の友達には『もしかして』なんて声はかけられませんよ、自分だけじゃなくて間違えられた人も恥ずかしいじゃないですか、そんな心理的負担を見ず知らずの人にかけられないじゃないですか。まぁそんなことができるのは貴方たちが美人で自分に自信があるわけだからだけども、ちょっとくらい見目がいいからといっても、よくみればそこそこの美人でしかないし、容姿だけで第一線のモデルや女優になれるわけでもない程度のそこそこの美人が、『私が声をかければ誰もが善意の笑顔で振り向いてくれる』なんて思って、人まちがいの可能性もあるのに気安く声をかけるのは、すこしばかり自分に対する評価が高すぎるんじゃないかと思いますよ、それでは」
くらいは言って、その場を去ったと思う。
わかってる、腐ってる。だけど冴えない男が美人から身を守るためには、相手にひと言でもしゃべらせる隙を与えてはならないのだ。
相手がしゃべれば、そのひと言で自分が傷つき、それだけで心が血しぶきをあげ、三秒後に失血死する恐れがあるからだ。
でも、僕はもう冴えない高校生ではない。
巨匠のもとで訓練を積んだいっぱしの武士だった。だから二軒目のバーで、まるで重大な秘密でも打ち明けるみたいに、
「私たち、お酒が好きなの」
と二人の大崎がサラウンドで言っても
「うん。そうみたいだね」
と軽く会話をあわせることができる。「そうなんだ」ではなくて「そうみたいだね」というところが一流の武士の会話術だ。あ、これから恋愛武士を目指すかもしれないあなたに説明しておけば、この場合、「そうなんだ」も悪くはないチョイスだ。
「私、お酒が好きなの」→「え、そうなんだ?(一見お酒が弱そうに見えるのに意外だね)」
と意味を含ませることで、女子が意図する彼女のギャップを、こちら側できちんと引き立たせてあげることができる。彼女が目指した印象を、僕らの力で成立させてあげられる。それだけでなく、そのひと言を起点として「なんのお酒がすきなの?」「酔うとどうなるの?」「いつもは誰と飲んでるの?」「LINEのID教えて」などと会話の方向を自在選んで展開できる。
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