2015.05.24
ドクターたちの恋愛事情 Vol.2「飯いきませんか?」
翌日健太郎は、病院の隅っこへと追いやられた狭い喫煙スペースで、文字を打っては消してを先ほどから何度も繰り返している。
ナースなら簡単だ。尻尾を振っている懐いた犬に餌を与えてやるような主従関係然とした暗黙の序列が存在する。医者という単語に目をキラキラさせるわかりやすい女性もたくさんいた。幼少の頃から幾多の女性たちからの惜しみない愛情のギフトによって磨きをかけた才能で、東大生が小学生のテストを答えるように容易く、恋愛ドリルを解いてきたのだ。
けど、麻里に至っては、会ったこともない種類の女だった。
今まで、仕事を腰掛けとしか思っておらず、稼ぎのいい男を血眼で探しながらも表向きは、そんな様子は微塵も見せず、目をキラキラ輝かせている女性ばかりだった。しかし歯に衣着せぬ麻里の発言の痛快なこと。(サトシからは、あの女なんなんだよ、と怒りのメールが来たが既読スルーにしている)
—代理店ってことは、芸能人がいて、男もみんな遊び慣れてて、うまい飯もたくさん知ってるんだろうな。—
健太郎は、想像した広告代理店の華やかで極彩色のような華やかなイメージに目眩を覚えた。いつも「先生」「先生」と甘い声で呼ばれてあぐらをかいていた病院の灰色のコンクリートの天井がぐぐっと迫り来るような、自分が蛙になったような感覚を味わい、言いようもない焦燥感に襲われた。
ーデートどころか、一回飲み会であっただけの女のことをあれこれと想像して、無駄に心をかき乱されているなんて。今からこんなんじゃ体が持たない。ストレートにいこう。—
「来週木曜日、よければ飯いきませんか」
--------
当日、健太郎は、白のパンツに、紺色のサマーニットできめた。
病院を出てくるときに、「先生、デートですか?」とからかってきたベテランナースの声に、驚いて問いただすような視線を送ってきた若いナースたちをかいくぐって足早に退散した。
久しぶりに昨日の夜は、男性誌を2,3冊買ってトレンドを研究した。鏡の前で5、6回着脱して試行錯誤したなんて絶対に言えない。
気合入りすぎと思われるのもカッコ悪い。適度に肩の力が抜けながらも、クルチアーニのニットできちんと感を加えた。上質な素材は、レストランのダウンライトの光を滑らかに映し、上客慣れしたウエイターからも、トレンドに敏感な代理店の男たちと丁々発止で馴らしてるであろう麻里のお眼鏡にもかなうはずだ。
今宵の舞台は、代々木上原駅から少し離れた閑静な高級住宅街にある『セララバアド』。スペインのEl Bulli、デンマークのNoma など世界ランキングNo1に輝いた錚々たるレストランで修行したシェフ・橋本宏一が2015年1月中旬にオープンした店で、はやくも今最も予約がとれない店と言われている。(懇意にしてるグルメなMRが、いけなくなったので良かったらと譲ってくれたのだ)
麻里は30分遅れてやってきた。
いつも待たせることはあっても、待たされることはほとんどなかった健太郎にとって、彼女が来ないのではないかという不安と、なんで遅れるんだという彼女への苛立ちが混じり合って1分が10分に思えるほど長く感じた。
ふいに現れた彼女に不意打ちをくらう。
「遅れてごめんなさい」
ブラックのノースリーブの膝上のワンピースに、ポインテッドのフラットシューズ。ワンピースの裾から覗く素足は(意外にも)華奢で艶かしい。大きなフープのピアスはゴールドで、走ってきたのか麻里の高揚して上気した頬の横でキラリと光った。
無駄を削ぎ落としたシンプルなスタイルは、竹を割ったような性格の彼女にとてもよく似合っていた。
麻里より可愛かったはずのモデルや、ミスなんとかの女とも付き合ったことのある健太郎だが、想定外に激しく動揺をしている自分に対して更に動揺し、心がざわめきテトラポットをグラグラ揺らすようだ。
「お待たせしちゃいましたよね。すみません、帰り際後輩の競合プレゼンの資料のチェックを頼まれちゃって。」
自分のために塗られた口紅は、ラインが僅かにずれてオーバーリップ気味になっている。急いでいたのだろう、その僅かな隙を見て、健太郎はようやく心が落ち着けることができた。
「全然大丈夫。俺もさっき来たところだから」
自分でも白々しいほどの嘘に呆れながらも、麻里をこれから数時間独占できる喜びに溢れて、喉元過ぎれば熱さを忘れる男はなんと滑稽なのだろうと愉快になった。
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
この記事で紹介したお店
セララバアド
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