深夜1時のペンディング Vol.5

「私が返信しなかったら、1週間空く」忙しい33歳商社マンとのLINEの頻度に悩む女の本音

有栖川匠

私の諦めの気持ちとは裏腹に、亮さんからはすぐに折り返しの電話がかかってきた。

『ごめん、打ち合わせ中だった。真理恵、何かあった?』

電話越しの亮さんの息が上がっている。きっと、静かな場所を探して移動してくれたのだろう。

無視してごめんなさい。ちゃんと話せばよかった。

まず最初に、そう謝ろうと決めていた。

それなのに、久しぶりに聞いた亮さんの声はあまりにも普段どおりで、先に別の言葉が出た。

「何もないよ。忙しかったら大丈夫」

「そういう意味じゃないよ」

電話の向こうで、亮さんが短く息を吐く。

「連絡がなかったから、どうしたのかなと思って。ほら。真理恵って、いつもだったらすぐ返事くれるから」

連絡がなかったから?それを、亮さんが言うの?

またしても、いい知れない感情が溢れ出る。父の黒い手帳が、手の中で硬い感触を返す。

怖かった。ここから先を言えば、関係が壊れるかもしれない。

でも、言わないままなら、私はまた同じ場所で待ち続けることになる。

「ごめんね。でも…」

「でも?」

「なんだか私、自分には亮さんしかないような気がしちゃって。自分が、亮さんのことを待ちつづけることしかできない、つまらない人間に思えてきちゃって…。

亮さんのペースにずっと合わせ続けるのは辛いから、だから、返事できなかった」

言ってしまった。

夜の道路を走る車の音だけが、耳に入る。

亮さんはすぐには答えなかった。

「ごめん」

やがて聞こえた声は、いつもの軽さを少しだけ失っていた。

「そう思わせちゃってたなら、俺が悪い」

拍子抜けするほど素直な謝罪だった。

だから、もしそこで終わっていたなら。私はたぶんまた、“大丈夫”と言って笑っていたのだろう。


だけど、亮さんは続けた。

「こっちから連絡すればよかったね。イベントの日にさ、真理恵が仕事の話してる時、すごく楽しそうだった。だから、公募前で忙しいのかなと思って邪魔しないようにしてたんだ」

「そうなんだ」

声が震えた。やっぱり理由は自分でも分からない。

だけど、これだけは確かだ。

父の手帳に背中を押されてかけた電話だというのに、会話の進む先に出口が見えない。

だって、亮さんの口から出る言葉はすべて、私がこれまでしてきた我慢の肯定に他ならなかったから。

「私はいつも、忙しい亮さんの邪魔をしたくないから、何も言わないようにしてたの」

「うん」

「それで亮さんは、今度は私が忙しそうだから連絡しなかった」

「…そうだね」

「でもさ、私別に、忙しいから連絡できないわけじゃなかった」

電話の向こうからは、長い沈黙だけが聞こえていた。

「私ね、今こうして電話した理由は、『本当は、もっと私を優先してほしい』って伝えるためだったんだ。

だけど、やっぱりそれは難しいのかなって思う。だって亮さんはやっぱり、『忙しい時は、連絡は取り合わないほうがいい』って思ってるってことだから」

言いすぎたかもしれない。悪いのは、別に忙しくもないのに1週間も無視をした私で、亮さんは何も悪くない。

言った側から、とてつもない後悔の気持ちが押し寄せる。

「ごめんなさい。でも、無視したのはワザとじゃなくて――」

「謝らなくていい」

慌てて弁解をしようとする私の言葉は、亮さんの遮った。

「真理恵の言うとおりだから。俺、行動すれば伝わると思ってた」

その言葉に、これまでの亮さんの姿を思い出す。

公募の資料を集める。深夜でも顔を見に来る。レストランを探す。

亮さんはいつも、言葉の代わりに行動する。

そして私はその行動に何度も救われ、それから、同じだけ取り残されてきた。

「ごめん真理恵。俺、いま何て言えばいいか分からない」

「……うん」

「でも、分からないまま適当なことを言いたくない。少し考えてもいい?」

その言葉に、胸が冷えた。

待つことをやめたくて本音を言うつもりだったのに…私の失態のせいで、返ってきた答えは“少し待って”だった。

「うん、分かった。大丈夫」

反射的にそう答え、唇を噛む。この期に及んでこんなセリフしか言えないのなら、そもそもこんな電話なんてすべきじゃなかったのかもしれない。


「公募、いつ?」

電話を切ろうとした時、亮さんが聞いた。

「来週の金曜10時」

「分かった」

それだけ言って、通話は終わった。

亮さんとの関係が、初めて本当にペンディングになった気がした。

― 通話時間、7分と42秒。

父の手帳を抱えながら、「そんなに短かったんだ」なんてどうでもいいことを考えて、私は夜道に立ち尽くすしかできなかった。


▶前回:「今から会える?」深夜のLINEを初めて無視した夜。都合のいい女をやめる31歳女の決断

▶1話目はこちら:ドタキャンに深夜の呼び出し…。33歳商社マン彼氏との恋に未来はありますか?

▶Next:11月10日 火曜更新予定
本音をぶつけたまま、ペンディングになった亮との関係。どん底の中で迎えた社内公募のプレゼン当日…。

あなたの感想をぜひコメント投稿してみてください!

この記事へのコメント

コメントする

コメントはまだありません。

深夜1時のペンディング

有栖川匠

恋愛には、待つことが付き物だ。

会える日を待つ。返事を待つ。言葉にしてくれる瞬間を待つ。

けれど、待たされ続ける時間は、愛ではなく不安を育てる。

相手を尊重することと、物わかりのいい女でいることは、とても間違えやすいから

──恋人を遠くに感じる深夜1時の恵比寿の空は、いつもより暗くなる。

これは、保留ばかりの恋と人生をもう一度動かし始めるための、恋愛のリスケの物語。

この連載の記事一覧