~日本女子テニスをもう一度強く。世界での経験をもって後進育成に励みたい~
彗星のごとく現れ、キャリア全盛で引退
金丸:伊達さんはいつ、プロになろうと?
伊達:それも高2の秋ですね。プロが出ている試合で好成績を残せて、そこから意識し始めました。高校卒業後にプロになりましたが、高3のときに当時日本でナンバーワンだった選手に勝ったんです。
金丸:なんと!
伊達:その方は世界ランキングで40位台だったので、「この人に勝てるなら、自分のテニスは世界で通用するかもしれない」と思いました。
金丸:そういう先輩がいてくれると、ベンチマークにできますね。
伊達:ほんとに。背中を見せてくれる人は重要な存在です。
金丸:でも日本って、安定を求める社会じゃないですか。プロになることに迷いはなかったのですか?
伊達:当時は仕事という意識がほんとになくて、単純に「プロになれば、テニスが毎日できる」というくらいの考えでした。
金丸:ある意味、軽い気持ちでプロになって、世界ランキング4位まで上り詰めるんだから、すごいですね。1990年代は、男女ともにテニスが華やかな時代だったと記憶しています。伊達さんにとって、ライバルと言える選手は誰でしたか?
伊達:グラフ(シュテフィ・グラフ)には勝てる気がしませんでした。そして、勝てそうでなかなか勝てなかったのが、サンチェス(アランチャ・サンチェス・ビカリオ)です。彼女はタイプ的にも苦手でしたね。あとはサバティーニ(ガブリエラ・サバティーニ)でしょうか。
金丸:伊達さんは、オリンピックにも出場されましたよね。
伊達:92年のバルセロナと96年のアトランタに。アトランタでは準々決勝でサンチェスと当たって、マッチポイントもありましたが、暑さで痙攣し、頭は朦朧として立っているだけでいっぱいいっぱいで最後に競り負けてしまいました。当時は3位と4位の順位決定戦がなかったので、勝てていれば銅メダルだったんですけどね。
金丸:ギリギリの勝負というと、96年のウィンブルドンでのグラフとの準決勝も思い出されます。第1セットはグラフが、第2セットは伊達さんが取って、日没により試合が中断し、翌日に持ち越された。結果、グラフが第3セットを取って決着しました。
伊達:その試合のことは、今でもよく聞かれます。「雨が降らずに、スタートが遅れなかったら」「審判が日没と判断していなかったら」なんて、勝負に“たられば”はありませんが、私自身、あのまま続けていれば翌日よりは勝てる可能性はかなり高かったと思っています。
金丸:同じ96年の4月には、フェドカップでグラフに勝っていますから、なおさら考えてしまうでしょうね。でも、その年に引退されました。
伊達:そうですね。一度目の引退は、26歳のときでした。
「若手に刺激を」。37歳での現役復帰
金丸:キャリア全盛での引退。あまりに早くないですか?
伊達:今の選手はもっとキャリアが長くなっていますけど、当時、テニスの選手生命はプロで10年と言われていました。それを踏まえても、ちょっと早いですかね。
金丸 決め手は何だったのでしょう?
伊達:肩の腱板を痛めていたこともありますが、体以上にメンタルがしんどくて。当時は世界で戦う日本人アスリートが少なくて、1989年頃はゴルフの青木 功さん、岡本綾子さんくらい。その後1995年からメジャーリーグへの挑戦が始まり、ちょうど私のランキングはトップ5にいる頃なので、私がドーンとメディアのターゲットになってしまいました。日本にいると公私ともに追いかけられる生活で……。20代の私には耐えられませんでした。
金丸:精神的に追い詰められてしまったんですね。
伊達:引退後はテニスと距離を置きたくて、2、3年くらい完全に離れていましたね。でもしばらくしたら、ふと「テニスって楽しかったな」と思える自分がいて。その後は、テニスの楽しさを知ってほしいと、3歳から8歳の子どもたちを相手に全国を回るようになりました。そこで使うのは、ちっちゃなラケットとスポンジのボール。育成というよりも、テニスやスポーツの普及を目的にした活動でした。
金丸:そしてその後、現役に復帰されました。
伊達:引退から11年経った、37歳のときです。
金丸:もう一度現役でやろうという気持ちになったのは、どうしてですか?
伊達:一度目の引退から時間を経てメンタルは元気になったし、肉体的にもまだまだ元気だった中で、エキジビションがきっかけになりました。エキジビションのためにトレーニングとテニスをやっているうちに、心の片隅の勝負魂に火がついたのを感じ始めました。ただ並大抵なブランクではないことも理解した上での決断でした。時代が変わりパワー・スピードテニスに変わっているだけに何も不安がなかったわけではありません。ただ、何より若手に「もっと強くなってもらいたい」という気持ちがすごくありました。外からいろいろ言うのは簡単だけど、コートの中に立ってこそ示せるものがあるんじゃないかと。
金丸:若手に刺激を与えるために、自分が戦っている姿を見せる。格好いいですね。二度目の現役生活は、どれくらい続けたのですか?
伊達:2008年から2017年までの10年くらいです。
金丸:10年間ですか。長い間戦い抜き、二度目の引退後は後進の育成に力を注いでいらっしゃいます。
伊達:そうですね。16歳からずっとヨネックスのラケットを使っていることもあり、2019年にヨネックスと生涯契約を結びました。女子ジュニア育成プロジェクトを立ち上げ、今も活動を続けています。





