最終日の撮影が終わり宿に戻ったのは18時過ぎだった。役者やスタッフは翌日には東京に戻るが、崇、そしてキョウコと大輝の3人は残ることになった。
「最終2話の脚本を、3人で仕上げてから戻る」
崇がそう言うと、ロケの予備日としてあと2日は押さえてあった部屋をそのまま使ってください、と宮本も同意した。
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翌朝。他のスタッフの帰京を見送ったあと、3人は執筆部屋の離れに集まった。20畳ほどの和室に置かれた大きな平机にそれぞれがPCを置き、3人で弧を描くように囲んだ。
この部屋に入ったのは意識を失った一昨日以来だと、キョウコは、大輝の腕の中に倒れてしまったことが改めて情けなくなる。
「意外だなぁ。キョウコがハッピーエンドを選ぶとは思わなかった」
2人が書いたプロットを読んでいた崇は、ゆっくりと緑茶を口に含むと、もう一度PCに目を落とした。「そう?」と素気なく返したキョウコも、キョウコの対面に座る大輝も、残り2話の脚本の流れでお互いの希望を譲れず、最後は崇がどちらを選ぶかに委ねることで納得している。
最終話までの流れはこうだ。復讐を決行する前日に18歳の誕生日を迎えたことで、ヒロインは、自分を助け続けてくれた中年男性に愛を告白する。翌日、命を落とす可能性もあったからこその、覚悟の告白。男性の答えをその場では拒み、復讐が成功した時に改めて返事が欲しいと頼む。
2人で復讐を達成したあと、男性が「今から5年後も、君の気持ちが変わらなければ」と微笑む、未来のハッピーエンドが想像できるエンディングを提案したのがキョウコ。
対して大輝は、男性が別れを告げる結末を選んだ。復讐相手である大企業のトップを陥れるために犯した数々の違法行為の全責任を1人で被り、ヒロインを庇って出頭するため。だがその理由を語らず、わざと女性を傷つけて姿を消す、という流れを描いていた。
2人の脚本を読み始めてから30分ほどたった頃。崇はPC画面から顔を上げ大輝を、そしてキョウコを見た。
「今回は大輝の脚本にさせてもらう。いいかな」
キョウコは「もちろん」と頷く。いっそ清々しくもあった。崇の仕事における選択はいつも正しいと信じている。
「友坂くんの脚本の流れを受けて、最終話を書くわ」
「ありがとうございます。光栄です」
穏やかに緩んだ大輝の瞳に、控えめな興奮がのぞき、キョウコは微笑んでしまう。
― うれしいのね。
最後まで競い合い、自分の物語が選ばれたのだから当然の反応だ。本気でぶつかり合えた結果だと思うと、キョウコは負けたことさえ誇らしく、この作品に2人で関われたことが、心からうれしかった。
「キョウコ、悔しくないの?」
「え?」
「大輝を見つめる目が優し過ぎて。初めてみるよ、そんな顔」
自分がどんな顔をしているのかわからず、キョウコは問うように崇を見返した。すると崇の眉が一瞬下がり、フッと諦めたように笑った。
「ランチでも行く?作業に集中する前に、食べておいた方がいいでしょ、2人とも」
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宿を出て、標高千メートルを超える深い山道を車で下ること15分。青々と連なる高原の緑の中にポツンと佇む古民家が、宿のスタッフに「釜めしと手打ちのうどんが美味しい」と薦められた店だった。
「キョウコと2人で食事なんていつぶりかな」
上機嫌の崇に、キョウコはぼんやりと記憶をたどる。けれど最後に2人きりで食卓についたのがいつだったか、どうしても思い出せなかった。
小上がりの座敷に、ふたつの鉄釜が運ばれてきた。崇は豊後牛、キョウコは冠地どり。どちらも、長い時間をかけて開発された地元の高級ブランド肉なのだと誇らしげに、店主の妻とおぼしき女性が説明してくれた。
釜の底で、固形燃料の青い炎がチリチリと小さな音を立てて消えた後、店員に言われた通り蒸らしを待つ2、3分。その間も崇は途切れることなくよく喋った。周囲の目には、自分達は夫婦に見えているのだろうかと、キョウコはどうでもいいことを思った。






この記事へのコメント
薄っぺらでありがちなものになりそう
ですが、これ程鮮やかなストーリーに
編めるんですね。
しかも極上のエンタメ要素を散りばめ
て… 恐ろしい才能。