東京・六本木
宮城から戻ってきた翌日の午後。ともみはYUMEと2人で、六本木・東京ミッドタウンから徒歩5分ほどの場所にある真壁リオの事務所を訪ねた。
世界を飛び回る音楽プロデューサーの事務所にしては、レトロなマンション…とはいえ、13階建てのうち上2階を丸々買い取りリノベーションしたらしい。内装はいわゆる海外から求められる『ジャパニーズ・カワイイ』系で統一されていて、真壁が世界でどんな闘い方をし、どんなブランディングをしているのか、事務所を見ただけで一目瞭然というデザインだった。
― 好みじゃないけど、やっぱりセンスはいい。
真壁がプロデューサーとして成功しているのは、自分の好きなテイストにこだわるよりも、自分が何を求められているのかを優先するからなのだとともみは改めて思う。
再会は7年ぶりだというのに、真壁は大したリアクションも見せず、淡々と2人を応接室へと迎え入れた。金髪のショートカットに、垂れ目を強調するようなアイメイク。裏原系を意識したファッションも相変わらずで、今日はフリルとミリタリー生地が交ざり合うアシンメトリーなワンピースに、鮮やかなブルーの厚底スニーカーを合わせていた。実年齢は30代後半のはずだが随分若く見える。
「そういえば、公子さんは?」
ともみとYUMEが5分前に到着したとはいえ、恩着せがましく真壁との打ち合わせをセッティングしたはずのもう1人のプロデューサー松本公子の姿がない。
「あ~。なんか急にこれなくなったみたい。理由はよくわかんないけど」
心底興味がなさそうにそう言った真壁からは、公子への侮蔑が滲んでいた。感じられた。昔からそうだった。真壁は才能のない人間にはほんの欠片も興味も示せないようで、公子に対しては、大人の事情で仕方なく組まされているだけ、というスタンスを貫いていた。当の公子は、それを全く気にする様子もなく図太く振る舞っていたけれど。
スタッフの女性がスムージーを運んできた。YUMEは桃とマンゴーのミックス、ともみはケールとトマトだ。到着と共にカフェのカウンターのような受付で、注文が取られたもの。オーガニックのコーヒーやお茶類、アルコールも選べると言われたのだが、真壁に今日はスムージーがいいよと強引に決められてしまった。
「ともみがYUMEのマネージャーになったんでしょ?でもなんか水商売もやってるんだって?」
「はい、宜しかったら、そちらにも是非いらしてください」
ともみからTOUGH COOKIESの名刺を受け取ると、真壁は素早く表裏をひっくり返してQRコードを読み込んだ。
「心が壊れてしまいそうな夜。踏み出す勇気が欲しい夜。そんな夜には当店へ…って、これがコンセプトなわけ?なんか、演歌の歌詞っぽいね」 バカにしたように、ポイっと乱暴に放られた名刺がテーブルの上で滑る。そして真壁はともみの横に並ぶYUMEへと視線を移した。
「YUMEが今アップしてる曲、オリジナルだけで5曲くらいだっけ?あれって1曲作るのにどれくらいかかってるの?」
「…」
「どれくらい?」
いきなりの質問にYUMEが固まり、指先が小さく震えている。その手をぎゅっと握り、ともみが答えた。
「2週間くらいだったよね、YUME」
恐る恐る頷いたYUMEに、悪くないねと真壁が自身のスマホを取り出しカレンダーを開く。
「じゃあさ、今日から2週間あげるから新曲作ってよ。来月の20日に私がプロデュースするフェスがある。日本とアメリカ、韓国のアーティストが集まるんだけど、シークレットゲストとして登場させるから」
それはここ数年で有名になり、配信で世界的にも有名になっているフェスだった。YUMEは目を見開き、また固まってしまう。
「シークレットって程の価値はまだないか。でもまぁ1,000万再生くらいはバズってんだから、サプライズゲスト、くらいの告知はできるかな」 感謝しろとでも言いたげな真壁の物言いに、ともみが静かに反論する。
「ご提案をありがとうございます。フェスへの出演も前向きに検討はさせて頂きたいのですが、まずは契約を結ぶところからです。契約締結の際には弁護士を同席させたいですし、条件次第では、真壁さんたちとのお話はなかったことにさせて頂きたいと思っていますので」
じろり、と無言のまま、真壁がともみを睨む。
「何それ?ともみ、状況分かってる?」
「はい。おそらく理解はできています」
微笑みを崩さないともみを品定めするように真壁は沈黙し、少しの間の後続けた。
「言っておくけど、私は絶対にYUMEを再デビューさせたいわけじゃないんだけど?ご存知の通り、うちの事務所は人材には困ってないからね」
かつて散々聞いた、あなたの代わりは沢山いるのだと匂わせる真壁の脅し方。昔はなぜこの言葉に怯えていたんだろうと、ともみは笑いそうになるのをグッと堪えた。
「そうでしょうか?あなたはYUMEの才能を特別だと思っているし、他社にはとられたくない。でなければ、一か月後のフェスに出演させるほど急がないはず。YUMEの曲がバズっている今のタイミングで自社のアーティストなのだと世間に知らしめたいのでは?」
「…」
「それに…ご提案いただいたフェスですが、今年で4年目でしたっけ?キャスティングがマンネリ化して飽きてきたって声も去年からよく聞きますよね」
「…は?」
さらにきつくなった真壁の視線を、ともみはフッと笑みを深くして受け止める。
「SNSでもだいぶ話題になってましたし、今年は挽回したいところですよね。だから今年は、今話題の匿名アーティスト――YUMEをキャスティングしてる、ってスポンサーにももう話しちゃったんじゃないですか?つまりあなたは今日の話し合いの前に、YUMEのフェスへの出演を確定させているんじゃないかと思ってるんですが、違います? だからYUMEと契約ができなければ困るのは私たちではなく、真壁さんの方ですよね」
「事実無根すぎ」
と、皮肉に唇を歪めた真壁の顔に、ほんのわずかに滲んだ驚きを逃がさず、ともみは畳み掛ける。
「何の根拠もなくこんな話はしませんよ。今や私にも色んな伝手ができまして、真壁さんのことも調べようと思えば、どんなことでも調べられるんですから」
「…どんなこと、でも?」
はい、どんなことでも、と、ともみは笑みを消して重ねた。
「だからまずは、私とYUMEをあの頃と同じようには扱えないことをご理解いただきたいですね。今やYUMEには他のレーベルや事務所からのオファーも殺到しています。その中から選ぶのは私たちであって、真壁さんは“私たちの選択肢の1つ”なんですよ? 真壁さんがYUMEと契約をしたいなら、まずは私たちに敬意を払うところからはじめてもらえませんか?」
▶前回:元恋人同士が、温泉旅館で2人きりに。「これ夢でしょ?」震える彼女を思わず抱き寄せた夜
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶Next:8月25日 火曜更新予定







この記事へのコメント
ともみめっちゃ強く出て気持ちいい展開。
大輝は弱っているキョウコに冷静に淡々と。崇はオロオロ。
ともみも大輝も強すぎる、夫妻はどちらもボロボロだなあ。
ストレスなんて誰にでもあるけど、老婆の魔女の予言通りキョウコを放っておいてはいけなさそう。
大輝は単に仕事に集中してるだけだろうと思うしキョウコが万が一誘惑しても今更動じないよ!監督の罠かも知れないし…